「愛」って気持ち悪い。「正しい」って苦しい。
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歪んだ愛を抱え、じたばたする悪党コンビ。
『正しい愛と理想の息子』寺地はるなさんインタビュー

 

主人公の長谷眞は32歳。違法カジノで働いていた頃に、相棒の沖遼太郎が作った借金200万円を一緒に返済している。2人は偽宝石を若い女性に売りつけていたが、1人の女に逆に騙され無一文になってしまう。

 

次は、老人だ。そう思いついた長谷は、早速行動に移すのだが—-。

 

中学を卒業するまで父と2人狭いアパートで暮らしていたという長谷とゆったりとした所作を身につけている沖。

 

生まれも育ちも性格もすべてにおいて対照的な2人にとって「愛」とはなんなのか。

 

「正しい愛」ってどんな愛?

 

 

——『正しい愛と理想の息子』とは、ずいぶんと思い切ったタイトルです。

 

寺地 若い頃は、漠然と愛っていいものだと思っていましたが、息子を育てるなかでむしろ愛が気持ち悪いという感覚が芽生えました。「愛しているからこそ」という言い方がありますが、愛があれば何をしてもいいのかと。それがこの小説の出発点なんです。愛ゆえに間違うこともありますし、そこまで絶対的なものではないような気もします。だけど、その感覚をどう描けばいいのか。単純に子どもを育てる話にすればいいとも思えなくて。

 

——読んでいると、長谷眞にとっても沖遼太郎にとっても親の愛情のあり方がものすごく人生に影響を及ぼすのだと気づかされました。

 

寺地 小さい頃、親から言われたこと、されたことって意外と覚えているものですよね。親は気分で言うこともあるのに、子どもは親の言うことが正しいと信じてしまうから。

 

 

——「おまえはダメだ」と親から言われて育つと、それを乗り越えられなくなってしまうこともあります。いくら周囲が褒めても「私なんて」と。親が理想の息子を追い求めたことで、ある種の枷をかけてしまうのでしょうか。沖がそうですね。

 

寺地 生い立ちを見れば、長谷より沖のほうがはるかに恵まれているんです。だけど沖は、親の期待に沿えなかったことから大きな挫折感を抱えています。一方の長谷は、中学を卒業するまで狭いアパートで父親と二人暮らし。いろんなものが足りない環境で育ちましたが、屈託がない。だけど、長谷が自分ひとりで今の自分を手に入れたという訳でもありません。

 

——沖が長谷に言いますね。「愛想をふりまかずに生きてこられたのは、それが許される環境だったからだ」と。

 

寺地 長谷には近所の薬局のトクコのように見守ってくれる人もいましたし、母はいませんでしたが、父は長谷の存在を認めていました。

 

 

「詐欺が当たり前」の人生もある

 

——そんな2人がコンビを組んで詐欺を働きます。

 

詐欺をするような人物を主人公にするのは、すごく勇気のいることでした。小説の主人公は読者から好かれた方がいいのですが、詐欺を肯定するような書き方はしたくない。でも詐欺を働くようになってしまった人にも背景があります。子ども時代に「詐欺はいけない」という価値観を形成できなかった人もいるんです。

 

——長谷ですね。一歳になる前に母が出奔し、父は幼い長谷をだしにして詐欺もどきのことを繰り返しながら生計を立てました。

 

寺地 詐欺をする人を「信じられない」と簡単に言えるのもそう言える環境で育ったからです。その価値観は自分ひとりで手に入れたものではないでしょう。その人と同じ環境で育ったら自分も詐欺をするようになったかもしれません。そんな想像力を持つことは、すごく大事だと思います。

 

 

——長谷のボス、灰島も悪事を働くことになんの葛藤もありません。だけどふと弱気になることもある。この小説は、登場人物一人ひとりの造形もとても奥深いと感じます。

 

寺地 人間って良い人と悪い人にきっぱりわけられるわけではないんですよね。でもそれを小説で表現しようとすると、人物造形が曖昧になってしまって伝わらないこともあります。この小説ではかなり探りながら書いた部分です。

 

愛を理由にする行為はいびつになる

 

——さらに介護というテーマも出てきました。長谷が病院で知り合った木崎瑛子という女性は、母親の介護を任されています。

 

寺地 兄2人から、お前が一番可愛がられたんだからと言われて引き受けてしまうんです。
要するに受けた愛情を返しなさいということで、これはある意味すごくつらい。愛は、理由づけに使われた瞬間に、とてもいびつなものになってしまいます。愛を理由づけにしていると、愛しているからこそおまえを殴るんだということも起こり得ますから。

 

 

——介護される側が子どもに世話をしてもらいたいのは、お金ではなく愛情を理由にやってもらいたいからでしょうか。長谷に家まで送ってもらった老人は、お礼にのど飴を渡しました。

 

寺地 お金は汚いという感覚をもっている人は一定数いますね。でもお金が絡むと卑しくて、愛情ゆえだと崇高だというのもおかしい。長谷の世話になった典子は、自分からお金を払うことを提案します。私自身、愛情のようなあやふやなものを理由にせずお金で買うサービスとして利用できるならその方がいいと思っています。

 

——タイトルは反語のように響きます。「正しい愛」も「理想の息子」も存在しない。

 

寺地 「こうあるべき」や「こういうものだ」というのを当たり前に受け入れていいのかと最近すごく思うようになったんです。常識といわれるものでも何のための常識なのかと考えた方がいい。この小説を書いているうちに、正しい愛は存在しないということが明確になって私自身少しラクになりました。息子に対しても完璧な愛情を注げると思っている方が傲慢なんだと。それは書き終えてから、より意識するようになりました。

 

——寺地さんは、一作ごとに着実に進歩していらっしゃる印象です。

 

寺地 ありがとうございます。もともと発想が豊かなわけではないので、自分が書けるものだけを書くのではなく、困難に思えるテーマにも取り組んでいけば、広がっていくような気がしています。

 

——小説を書くことは楽しい?

 

寺地 書くようになるまで、生きていることに対してずっと違和感があったんです。仕事をしていても友だちと遊んでいても、なんで自分はここにいるんだろうという感覚がずっと消えない。だけど、小説を書いている間はそういう感じがしませんでした。すごくラクになれたんです。その感覚が、今もずっと続いています。

 

 

インタビュー 今泉愛子

 

 

『正しい愛と理想の息子』光文社
寺地はるな/著

 

ハセ32歳、陰気な男。相棒の沖、30歳だけど可愛い。コンビを組む二人は違法カジノで働いていたが失敗ばかり。今度は偽宝石売りでも騙した女に騙され無一文に。切羽詰まったハセは商店街にたむろする老人たちを見て閃いた。これからは、年寄りだ。崖っぷち男二人。騙すのは、年寄りだ。さびしさは、利用できる。歪んだ愛を抱え、じたばたする悪党コンビ。注目作家が紡ぐ、泣けるバディ小説!!

 

寺地はるな
1977年佐賀県生まれ。大阪府在住。2014年『ピオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。ほかに『ミナトホテルの裏庭には』『月のぶどう』『今日のハチミツ、あしたの私』『みちづれはいても、ひとり』『架空の犬と嘘をつく猫』『大人は泣かないと思っていた』など。

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