agarieakiko
2019/03/05
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2019/03/05
前回、超大質量ブラックホール説が檜舞台に出てくるまでの主な5つのアイデアについて考えてみました。しかし、「これは」といえるものはありませんでした。そこで登場したのが、「超大質量ブラックホール説」です。
超大質量ブラックホールは存在する。だが、それ自体は輝くわけではありません。名前の通り、ブラックだからです。しかし、そのしかし、その強大な重力が役に立ちます。周辺にあるガスを引き寄せ、超大質量ブラックホールの周りにガス円盤を作る。「降着円盤」と呼ばれるものです。輝きの源泉は、このガス円盤が担うというアイデアです。
このアイデアを提案したのは3人。まずはエドウィン・サルピーター(1924-2008)。オーストリア生まれですが米国で活躍し、その後、オーストリアではなくオーストラリア国籍を取得した天文学者でした。
ちなみに、彼は太陽系の近くにある恒星の観測から、恒星がどのような質量分布をして生まれてくるかを調べたことでも有名です。
次は、ヤーコフ・ゼルドヴィッチ(1918-1987)。
ソビエト連邦の物理学者ですが、彼も多才な人でした。
3人目はイギリスの天体物理学者、ドナルド・リンデン・ベル(1935-2018)。銀河系の形成モデルなど、やはり多くの研究業績をあげた人です。
サルピーターとゼルドヴィッチの論文が出たのは1964年。つまり、クェーサー発見の翌年のことでした。
一方、リンデン・ベルの論文は1969年ですが、「ネイチャー」誌に出たため、最も有名な論文になっています。
実際、この論文の引用回数は1000回を超えているのがその証しです。なお、サルピーターとゼルドヴィッチの論文の引用回数はそれぞれ500回と100回です。
私は1996年の初夏、英国ケンブリッジにある王立グリニッジ天文台で客員研究員をしていたことがあります。そのとき、リンデン・ベルは隣にある天文学研究所に勤務されていたので何回かお会いしたことがあります。
ある日、彼が自転車置き場で自分の自転車の修理をしていたことがありました。
「何をしているのですか?」と聞くと、
「キャンプに行くので自転車の整備をしているのさ」
と答えが返ってきました。大天文学者ですが、とても気さくな方でした。
その彼も、2018年2月5日に他界されました。
心よりご冥福をお祈りします。
さて、降着円盤モデルはなぜ都合がよいのでしょうか。
・ガスや星などの質量を持つものをブラックホールに供給する
・解放される重力エネルギーを電磁波のエネルギーに変換して、電磁波で明るく輝く
これが、降着円盤を利用するブラックホール・エンジンです。
これは突き詰めていえば、重力発電です。実のところ、人類が最初に思いついた発電の方法は重力発電でした。ただ、その名前は水力発電だが。川をせき止め、ダムを作る。地球の重力を利用して、ダムに溜めた水を落とす。つまり、位置エネルギーを使います。水はタービンを回し、私たちは電力を得ることができるという仕掛けです。
人類がこの方法を思いついたことは高く評価されるべきだと思います。
しかし、いかんせん、地球の重力はたかが知れています。結局、人類は水力発電の費用対効果に飽き足らず、その後、火力発電、原子力発電へと歩みを進めていくことになったわけです。
ところが銀河の場合は違います。中心核に超大質量ブラックホールがあるからです。宇宙では重力発電が最も効率的にエネルギーを得る方法なのです。
太陽のような恒星の中心部で起こっているのは熱核融合です。水素原子核をヘリウム原子核へ熱核融合して、質量欠損に相当する電磁波(ガンマ線)を放射しています。そのおかげで、恒星は輝いています。
しかし、そのエネルギー効率はたった0・7パーセントでしかありません。
だが、重力発電のそれは10パーセントにもなるのです。
宇宙は、人類の歩みをあざ笑っているかもしれませんね。
※
以上、『宇宙はなぜブラックホールを造ったのか』(谷口義明著、光文社新書)から抜粋し、一部改変してお届けしました。
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