agarieakiko
2019/03/08
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2019/03/08
『その日、朱音は空を飛んだ』幻冬舎
武田綾乃/著
二〇一三年に日本ラブストーリー大賞「最終候補作品『今日、きみと息をする。』が刊行され作家デビュー、吹奏楽部を舞台にした「響け!ユーフォニアム」シリーズがヒットしテレビアニメ化もされた武田綾乃。一九九二年生まれの気鋭の新作『その日、朱音は空を飛んだ』は、思い切りブラックな方向へと舵を切った学園ミステリだ。これが痺(しび)れた。
高校の屋上から川崎朱音が飛び降り、生徒たちは後日、学校からのアンケートを書かされる。各章一人ずつ生徒の視点から描かれる本作は、章のはじめに語り手となる生徒の手書きのアンケート回答が提示され、彼らがそこに何を書き、何を書かなかったのかが本文でつまびらかにされていく。
偶然飛び降りを見かけ思わず動画を撮影した男子。うわべだけの同情を口にする女子グループ。教室内カースト上位の少女、優等生女子、朱音の彼氏、親友、そして最終章は朱音本人の視点から、飛び降りに至るまでに何があったのかが語られる。立ち位置の異なる生徒たちの本音が浮かび上がると同時に、朱音の人間関係や、実は生前、彼女が同級生に手紙を書いていたことなど、自殺の動機の手がかりも少しずつ明かされていく。
唸るのは、各章のタイトルがその章の最後に提示されていること。その生徒の本質が鋭い一言で示されていて突き刺さる。このため目次は本文の最後に掲げられており、こうした本のつくり自体が面白い。
衝撃的なのは最後に明かされる真相。あまりにダークで衝撃的だ。これはもう、実際に甘美な思いで自死に憧れがちな思春期の心をぶちのめすのでは。案外、自殺防止に役立つ一冊では、と本気で思う。
『あちらにいる鬼』朝日新聞出版
井上荒野/著
妻帯者である作家、井上光晴と瀬戸内寂聴が長年男女の仲にあったことは有名だが、井上の娘、井上荒野が、その関係をモデルにした小説を執筆した。
『あちらにいる鬼』は、戦後派の作家、白木篤郎の妻と彼の愛人となった女性作家、二人の視点から綴る注目作。
驚くようなエピソードが盛りだくさんだが、読みどころは女性二人の心理を掘り下げた創作部分。自分を翻弄する男から、出家して縁を切った女と切らなかった女というだけでなく、小説を書いた女と才能があるのに書かなかった女という対照性が見えてくる。愛の話であり、創作の話なのだ。
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