人類はいつからベジタリアンをやめて肉食となったのか?
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私たちがふだん何気なく食べているごはん。そこには、壮大な物語が眠っている――。
気鋭の分子調理学者・石川伸一先生が、アウストラロピテクスの誕生からSFが現実化する未来までを見据え、人間と食の密接なかかわりあいを描きだす光文社新書『「食べること」の進化史』が刊行されました。発売を記念して本書の一部を特別に公開致します。

 

 

◆アウストラロピテクスは何を食べてきたのか

 

アウストラロピテクス属は、直立二足歩行していたものの、身体や脳の大きさは、今のヒトとは大きく違っていました。

 

私たちの身体と行動が、より「人間」らしくなってきたのは、約300万~200万年前の氷河期の始まりでした。継続的な地球寒冷化によって、アフリカはより乾燥し、生息環境は変化しました。

 

この頃にタイムスリップして、何が食べられるか考えてみましょう。

 

果物がどんどん減っていく状況の中で、どう対処できるでしょうか。

 

丈夫な歯を持つアウストラロピテクス属のように、次第に常食となりつつあった芋や、種子などの固くて噛みにくい食べものに今まで以上に頼るという手があります。これら人類の祖先は、噛んで噛んで噛みまくって、毎日何時間も根気強く咀嚼を続けていたでしょう。

 

しかし、祖先は、別の画期的な戦略を選びました。それが、「狩猟採集」です。

 

狩猟採集は、「採集によって植物性食品を得る」「狩猟によって肉を得る」「仲間同士で密に協力する」「食べものを調理する」という4つの要素からなる統合システムと考えられています。私たちの祖先は、なぜこれらの行動をするようになったのでしょうか。

 

まず採集からみていくと、初期ヒト属は、食事の大半、おそらく70パーセント以上は、採集した植物に頼っていました。林の中で食べものを探すのに、毎日少なくとも6キロメートルは歩く必要がありました。

 

さらに、地面の下に隠れている芋は掘り出すのに労力が、固い殻に覆われている木の実は割る手間がそれぞれ必要で、それらのミッションをクリアして何とか栄養のある部位を抜き出さなくてはなりませんでした。

 

たとえば、芋は、現在のアフリカの多くの狩猟採集民の食生活の中でも多大な割合を占めています。しかし、その芋1つを掘り出すのに10分から20分はかかる場合もあり、重労働です。

 

◆動物が「ステーキ」に見えたとき

 

植物を食べる利点は、そのありかが予測しやすいこと、比較的ふんだんにあること、そして動物のように逃げないことです。しかし、栽培化されていない植物は、食料として消化できない食物繊維の含有量が多く、その分栄養素が少なくなります。不足分のエネルギー源はどうやって獲得すればよいのでしょうか。

 

その答えが、「肉」でした。

 

私たちの祖先は、ずっと他の動物のそばを素通りしていたわけですが、それらを「食べもの」としてみるようになったのはいつからでしょうか。

 

人類の身体は、まず種子と木の実といった種実類である「ナッツ」の味を覚えました。

 

ナッツは、脂肪分が豊富です。脂質の消化に関わる小腸が発達し、食物繊維の消化の場である盲腸が縮小されるという自然選択が起こりました。結果として、肉を食べることに適した腸をもつ個体が残ることになりました。

 

また、固い殻をもつナッツを砕くために使われた簡単な石の道具は、動物の骨を砕き、肉の塊を切り落とすことなどに応用されていったでしょう。250万年以上前の遺跡から、切り傷のついた動物の骨が出土しており、肉を食べていた古い証拠と考えられています。

 

初期ヒト属が、道具によって狩りができるようになったのは、180万年前くらいになってからです。初めのうちは、腐肉を食べていたのではないかといわれています。腐肉食は、困難で危険が伴うものです。その上、狩りをする動物や他の腐肉食動物と戦って追い払わなければならない場合もあります。

 

人の祖先が、肉を食べ始めたきっかけは、やはり気候変動が起こり、食料を見つけるのが難しくなったからでしょう。「なぜ肉を選んだのか」の答えは、「そこに肉があったから」です。そして、肉から栄養素を獲得するのが、効率的なことに気づいたのでしょう。

 

ウシ科の動物のステーキは、同じ量のニンジンを食べたときの5倍のエネルギーが得られ、必須タンパク質も脂肪も摂れます。さらに肝臓、心臓、髄、脳といった動物の臓器は栄養素の宝庫です。ヒト属の食事のレパートリーに肉が加わり、それが今の時代まで続くことになりました。

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この記事の書籍

「食べること」の進化史

「食べること」の進化史培養肉・昆虫食・3Dフードプリンタ

石川伸一(いしかわしんいち)

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