インテリの言うことなんて聞きたくない――アメリカに広がる「科学不信」の底流
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科学的ではないことをしばしば言うトランプ大統領を生んだアメリカは、「反科学」的な国なのでしょうか。

 

18世紀に欧州の貴族主義や権威主義に反発し、国として独立したアメリカの底流には、反エリート主義があります。そのアメリカ人気質は、権威に頼らず自らフロンティアを開拓する強さを生む一方、「インテリの言うことは聞きたくない」という感情から「反科学主義」につながりかねません。

 

20世紀後半からは、地球温暖化の問題などで科学の成果が産業活動を制限するようになり、産業界が科学を嫌うようになりました。同じ時期にキリスト教の保守的なグループが、人工妊娠中絶など生殖に介入してくる科学への不信を強めました。産業界とキリスト教の保守的なグループという、一見、かかわりの薄そうな二つのグループが力を合わせ、科学に反発する集団となったのです。この勢力が、トランプ氏のような反科学的な大統領を誕生させる原動力の一つになったといえます。

 

反エリート主義と知性への反発

 

地球温暖化の科学を否定するなど専門知識を軽んじるトランプ大統領が誕生したアメリカは、「反科学」が支持されているのでしょうか。

 

『ルポ 人は科学が苦手』(光文社新書)を上梓した三井誠さんは、北東部マサチューセッツ州ケンブリッジのハーバード大学を訪ね、ナオミ・オレスケス教授(科学史)にインタビューしました。

 

オレスケス氏は、地球温暖化懐疑論の社会的は背景を分析するなど、アメリカで科学と社会の関係を調べる第一人者です。

 

オレスケス氏はまず、アメリカの歴史を振り返りました。

 

「アメリカの民主主義の源流には、欧州の貴族主義への反発がある。だから、私たちは国王を持たない。歴史的にエリートや専門家に懐疑的になるという感情がアメリカにはある。一方、権威への反発は容易に、知性への反発に転がり落ちてしまう」

 

その上で、トランプ大統領をこう位置付けました。

 

「権威や知性に反発する国民感情が表面化した、直近の事例だ」

 

アメリカでの取材で感じたのは、建国の歴史や憲法の精神など国としての成り立ちに立ち戻って「アメリカという国は、◯◯だから」と話す研究者が多いことでした。「科学の話をしていたのに、いつのまにか話題はアメリカの歴史だった」ということを、私は何度も経験しています。

 

オレスケス氏は1776年にイギリスから独立し、「民主主義」という壮大な実験を始めたアメリカの歴史を振り返って、科学の意義を次のように説きます。

 

「アメリカの独立宣言を起草し、第3代大統領になったトーマス・ジェファーソン(1743-1826)は、民主主義に科学は不可欠だと考えていた。科学を通して学ぶ、(既存の考え方に)批判的な精神や好奇心は、健全な民主主義に重要な役割を果たすからだ」

 

民主主義は、国の政策決定を選挙という仕組みを通して、国民にアウトソーシング(外注)しているともいえます。発注を受けた国民が十分な知識や判断力を持つことが、民主主義には欠かせません。ジェファーソンは1804年、アメリカが始めた民主主義という実験について、こんな言葉を残しています。

 

「アメリカが今、試みている実験ほど興味深いものはほかにない。私たちはこの実験で、理性と真実による統治が可能であることを証明するだろう」

 

事実を軽視するトランプ大統領を見ていると、民主主義という実験がそのような結論に至るのかどうか、一抹の不安を感じます。

 

とはいえ、アメリカはこの実験がうまくいくように努力もしてきました。

 

その一例に、スミソニアン協会があります。

 

スミソニアン協会は、イギリスの科学者ジェームズ・スミソン(1765-1829)の遺産をもとに1846年に設立されました。現在は首都ワシントンなどに絵画や歴史、宇宙開発など幅広い分野で19の博物館を持ちます。天文や環境などに関する9つの研究施設も持ち、世界最大規模の研究・展示組織です。

 

スミソニアン協会が作られた時、研究だけの組織では民主主義を支えられないと多くの人が考えました。そのため、一般の人に情報を届ける博物館を作ったのです。情報が届かないと、民主主義がもろくなってしまうからです。そうした思いは、いずれの博物館も無料で見学できるという姿勢にも表れています。

 

多様な博物館では、アメリカの建国以来の歴史や先住民の暮らし、現代の環境問題などに関する豊富な資料が展示されています。航空宇宙の博物館では、引退した米スペースシャトル(写真を参照)や、ライト兄弟が人類で初めて飛行に成功したエンジン付きの飛行機(写真を参照)が見られます。私の勤務先だったワシントン支局から歩いて10分ほどで行ける博物館も多く、気分転換に出かけたこともありました。世界トップレベルの展示が無料で気軽に見られるのは、とても贅沢なことでした。

 

スミソニアン国立航空宇宙博物館の別館に展示されているスペースシャトル「ディスカバリー」(2016年8月、ワシントン郊外)

 

スミソニアン国立航空宇宙博物館に展示されているライト兄弟が動力付きで初飛行に成功した飛行機(2018年12月、ワシントン)

 

インテリの指図なんていらない

 

「欧州の貴族主義に反発し、個人が自分たちで情報を集めて判断し、社会を築く」という理想は素晴らしいものです。反エリート主義そのものは健全でしょう。

 

ただ、オレスケス教授が指摘するように、反エリート主義には危うい面もあるようです。権威への反発は、名門大学など「エスタブリッシュメント(既存の支配階層)」への反感を生み、知性そのものへの否定につながりかねないからです。自分たちの利益のために、反エリート主義の危うい面につけ込もうとする人たちもいるのです。

 

かつて、たばこ業界の人々はこんな言葉で、たばこの健康被害を訴える人たちに対抗しました。

 

「名門大学のインテリの指図なんて、いらない。たばこを吸うか吸わないか、決める権利は本人にある」

 

アメリカでの取材では、反エリート主義・反権威主義の光と影を感じました。

 

旧来の知識に縛られることなく知の地平を切り開くアメリカの力強さは、光の側面でしょう。誰もが自らの経験や知識をもとに真実を追究する自主独立の姿勢は、背景に反権威的な思想が垣間見えます。

 

例えば、NASAとは別に民間独自でロケット開発を進める企業の姿勢は、「自分たちが未来を切り開く」というアメリカン・スピリッツを感じさせるものでした。

 

米宇宙企業「スペースX社」のイーロン・マスク最高経営責任者は火星移住を最終目標に掲げ、ロケットや宇宙船を開発しています。本当に火星に移住するのは難しいでしょうが、2018年時点で最も輸送能力が高い現役ロケットは、スペースX社が独自開発したロケット「ファルコン・ヘビー」(写真を参照)です。NASAをしのぐ技術力を持ちつつあるのです。

 

現役ロケットとしては、最も輸送能力が高いスペースX社のファルコン・ヘビーの打ち上げ(2018年2月、フロリダ州ケネディ宇宙センター)

 

一方、政治経験のないトランプ氏は、ワシントンの政治家を「エスタブリッシュメント」と批判し、喝采を浴びました。その姿にも、反権威の国民感情が垣間見えました。

 

トランプ氏は政治的な権威だけでなく、地球温暖化対策など科学的な成果に基づく政策までも否定します。

 

それは、行きすぎた反エリート主義の負の側面でしょう。

 

反科学に陥りやすい危うさが、アメリカ社会に潜んでいるのです。

 

※本稿は、三井誠『ルポ 人は科学が苦手』(光文社新書)の内容の一部を再編集したものです。

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ルポ 人は科学が苦手

ルポ 人は科学が苦手アメリカ「科学不信」の現場から

三井誠(みついまこと)

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