akane
2019/07/01
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2019/07/01
多くの人にとっては、太陽に黒点(太陽の表面を観測した時に黒い点のように見える部分のこと)があろうとなかろうと、爆発が起ころうと起こるまいと、しょせん、地球から遠く離れた星の世界の話、という印象しか持たないかもしれません。
しかし、実際には太陽での現象は文明社会に影響していて、現代文明のインフラに打撃を与える災害の原因ともなり得ます。地震や台風などの気象災害と違って、現象そのものが直接実生活に影響するわけではないといっても、やはり自然現象が災厄を発生することに変わりはありません。そこで現在では、実生活に影響する気象現象になぞらえて、太陽がその活動現象を通じて惑星間空間・地球に影響する現象を、「宇宙天気」と呼んでいます。
現在は、太陽が引き起こす宇宙天気現象の中でも特に激しいものは「太陽嵐」と称して、気象災害と同様、天災の原因となり得ると認識されています。
実際、このコラムでも紹介しましたが、1859年のキャリントンが観測した大フレアの時代には、電気の利用の黎明期であったにもかかわらず、電信網のトラブルが発生していました。その後、電気ははるかに広範囲に利用されるようになり、また人類は地上ばかりでなく、空へ、宇宙へと進出していきました。それは、新たな太陽の脅威にさらされることでもありました。
では、太陽は具体的にどのようにして現代の人類社会の脅威となるのでしょうか。
1859年の大フレアの時を始め、当時、障害が発生していたのは、相手のところまで電線を引く有線の通信でした。
つまり、有線であったことが磁気嵐の影響を受けた原因ですが、有線の通信はこの後も発展を続け、海底ケーブルで世界がつながれるようになります。
一方、ほどなくして電波を使う無線通信も行われるようになりました。
1901年にはイタリアの発明家グリエルモ・マルコーニが、イギリスから発射した電波に乗せた信号を、大西洋の向こうのカナダで受信する無線通信に成功したとされます。
なお、このような実験は「受信準備完了」とか「○時に電波発射予定」とか連絡しながらでなければ実施するのは困難だと思われるでしょう、では、はるかに離れたところでどうやってこのような連絡を取ったのかというと、すでに実用化されていた海底ケーブルによる有線通信を使ったのです。
しかし、海底ケーブルを使えば通信相手まで電線がつながっていますが、電波の場合、イギリスから発射された電波がまっすぐ進むと、地球は丸いので、水平線の下に位置するカナダには届かないはずです。電波はその名の通り波でもあるので、多少は陰にも回り込む性質があり、物陰でも携帯電話が通じたりラジオが聞けたりしますが、到底、カナダに届くには足りません。
それでも電波が届いたということは、大気中に電波を反射する層があるのではないかという説が、アメリカの電気技師アーサー・ケネリーやイギリスのアマチュア研究家オリヴァー・ヘヴィサイドによって出されました。
大気の上層には当時知られていなかった電離層という一部プラズマ化した大気層があり、ある周波数の範囲の電波であれば、地面・海面と電離層の間で反射を繰り返すことによって地球の裏側にも届くことになります。
これは当初、「ケネリー・ヘヴィサイド層」と呼ばれて仮想的なものではありましたが、1924年にイギリスの物理学者エドワード・アップルトンが実際に電波の反射を検出してその実在が確認され、後に「電離層」と呼ばれるようになりました。
電離層は、大気の分子の一部が電離して電気を通す状態になっているところで、大気の高さが約80キロメートルから500キロメートルのあたりに存在しています。
高さによって性質が異なるので、低い方からD層、E層、F層と呼ばれています。
大気の分子を電離するのが、太陽光のエネルギーです。太陽光といっても、地表に届く光ではありません。太陽から来る光の中でも、波長が紫外線程度、もしくはそれより短く、エネルギーの高い光は大気に吸収されて地表には届きません。そのお陰で、地表の生き物は有害な紫外線から守られているということでもあります。
光が吸収されるということは、大気の分子がそのエネルギーを受け取っているわけで、ある程度エネルギーが大きければ、分子から電子が飛び出してしまい、電離を起こすことになります。こうして、太陽光によって電離層が形成されるのです。
当初、電離層の存在ははっきりとは分からなかったにせよ、電波を長距離飛ばすことがともかく可能であるということが分かると、装置の改良が進み、無線通信や放送という形で、民生用でも軍事用でもその利用が急速に発展していきました。
電離層は太陽光によって形成されるため、1日の中で、また季節の中で、太陽光の当たり方によって電離層の状態が変わることも分かり、無線通信もそれに合わせた周波数を選んで行うなどの工夫がされるようになっていきました。
その中で、1930年にはドイツの物理学者ハンス・メーゲルが、もっと短時間の変化、すなわち届いていた電波が数分間で急激に弱くなって通信が困難になり、それがそのまま1~2時間続くという現象が、地球の太陽に面した側で時々起こることを指摘しました。
実は、これはフレアで急増した太陽からのX線が電離層を乱すことで起こる現象です。
彼は1928年の現象で、突発的な地磁気の変化と電波強度の落ち込みが同時に起こっていることも見出していました。この地磁気の変化は磁気嵐ではなく小規模なもので、太陽フレア効果と呼ばれるものです。
現在ではメーゲルの発見はあまり顧みられることはありませんが、今から振り返ると、この時すでに、太陽フレアによる強いX線が電離層に影響し、地磁気の変化と電波強度の落ち込みをもたらしていたのが見えていたのです。
1935年になってアメリカの通信技師ジョン・ハワード・デリンジャーも同様の現象を見出し、太陽自転の2倍の周期で現れるという指摘をして、さらに後にはそれが太陽フレアによる紫外線放射が電離層を乱すのが原因ではないかと指摘しています。
当時、無線はすでに重要な通信手段でしたので、デリンジャーの発表の後すぐ、1936年には日本でも続々と同様の現象が報告されています。
突発性電離層擾乱によって、突然、電波が届かなくなるのは無線通信にはたいへん困る事態です。電波の利用が発展して文明社会の重要なインフラのひとつとなっていく中で、太陽での現象はその阻害要因として認識されるようになってきました。
そこで、無線通信の環境の監視という意味でも、太陽フレアや太陽活動の観測・研究が盛んに行われるようになっていったのです。
※本稿は、花岡庸一郎『太陽は地球と人類にどう影響を与えているか』(光文社新書)の内容の一部を再編集したものです。
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