『呼吸する町』刊行記念 黒木渚インタビュー
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音楽家でもある黒木渚が書き上げた『呼吸する町』は、乳酸菌飲料の配達員とその町で生きる人達を見つめた全四話の連作短編集だ。
人を見つめると町が見えてくる。
菌を見つめると宇宙が見えてくるーー。
独創的な感性が意気揚揚と暴走する今作について語ってもらいました。

 

「今回の裏テーマは<捏造(ねつぞう)>です」

 

こういう男の人に騙されたいって思いながら書きました(笑)。

 

小さな菌の世界を覗いていくと、人間の生活が見えてくる。

 

ーー『呼吸する町』には、国民的な乳酸菌飲料ラクトルを配達する四人のラクトママと、その町で暮らしている人々の生活が描かれています。

 

黒木 乳酸菌飲料を毎朝配達する人達って、掘り下げて考えていくとすごくパトロールっぽいというか、巡回スタイルでずっと町を見ている人でもあるなという視点ができてきたんです。それに、菌を配る仕事ってなんだか面白いじゃないですか。考え方を変えれば、ちょっとした生物兵器にもなり得ますから。

 

ーー黒木さんらしい発想ですね(笑)。実際に黒木さんも乳酸菌飲料を取ったことがあるんですか?

 

黒木 はい。その時に担当だった人はちょっとヤンママっぽい人で、いつも明るく「おはようございます!」って入ってくるんですが、染めた髪が“プリン”になっていたりして、喫煙者かなあ、すごい人生を歩んでいるのかもしれないなって色々妄想していました(笑)。そんな風にラクトママという役割の奥にある人間性や地(じ)の生活が覗けたら面白そうだし、そのラクトママたちが玄関先から垣間見る町の人たちの生活みたいなものも描けるんじゃないか。そんな風に考えていったんです。

 

ーー第一話「呼吸する町」は、一丁目を担当するベテラン配達員の東大寺春子(とうだいじはるこ)を中心に物語が進んでいきます。株式会社ラクトルのセンターで働く人たちの様子がとてもリアルに描かれていますが、どのように取材をされたのですか?

 

黒木 今回は、とことんネットを駆使しました。お悩み掲示板のようなところを覗くと、かなり細かく勤務形態の愚痴なんかが書いてあるんですよ。ガソリン代が支給されるとかされないとか、妊娠するのにもなんとなくの年功序列みたいなものがあって大変だとか。ネットは匿名ですから、実際に取材をするよりもかなりリアルなんだろうなと感じました。しかもリアルな人間の話を聞きながら、私は捏造のラクトママを作っていくわけですから、直接的には誰も傷つかない。想像の世界で遊んでいくのはとても楽しかったし、いかに人間らしく作っていくかみたいな作業もすごく楽しかったです。

 

ーー黒木さんのホームページでは、黒木さん自身がお描きになった四人のラクトママのイメージ画が公開されています。そのほかの登場人物も含め、具体的なモデルがいらっしゃったりもするそうですね。

 

黒木 一丁目担当の東大寺春子は、女優の市原悦子(いちはらえつこ)さんみたいなおっとりしたタイプの主婦をイメージしました。二丁目の坂口(さかぐち)あゆみは、以前私の家に来ていたヤンママ配達員がモデルです。

 

ーーその坂口あゆみは第二話の「◯(まる)描いてヽ(ちよん)」に登場する、頬に銀河の形をした大きなほくろがあるラクトママです。

 

黒木 ほくろの話はいつか書きたいなと思っていたんです。実はちょっとプライベートで悩み事を抱えていた時期があったんですが、ある時自転車ですれ違った人の頬に十円玉くらいのほくろがあったんですよ。もしかしたら、ほくろのことでからかわれたり、悩んだりしたこともあったかもしれない。でも、彼女はとても清々(すがすが)しい顔で通り過ぎて行って、なぜか、私のモヤモヤが吹き飛んだんです。知らない人に救われたんですよね。

 

ーーそういう経験から生まれた坂口あゆみの物語には、墨絵画家の妙雲(みよううん)とハードコアパンクのバンドをやっている二色(にしよく)というふたりの男性が登場しますね。

 

黒木 妙雲は、とあるYouTuberのおじさんをモデルにしました。志だけは高く持ち続けているのに、心がどんどん欲に負けていく様子をトレースして生まれたキャラクター。妙雲も「俺の原動力は怒りだ」とか言ってるけど、実は大して怒ってもいなかったりして、芸術とかスピリチュアルとか言いながら、形のないものに逃げている。腹立たしいなとも思うけど、そういう“こじらせおじさん”みたいなところは自分の中にもあったりして、なんか人間っぽいなと感じる人物でもあります。二色さんのモデルは、ロックバンドTHE YELLOW MONKEYの吉井和哉(よしいかずや)さん。吉井さんの写真を貼って、こういう男の人に騙されたいって思いながら書きました(笑)。

 

ーー第三話の「華麗なる配達」では、とことん明るいラクトママの楽井(らくい)マチコが三丁目を舞台に奇跡のミッションを遂行します。ミュージシャンでもある黒木さんならではのテンポ感というか、ライブを見ているような展開にワクワクさせられっぱなしでした。

 

黒木 配達先でアイテムを集めていってカレーを完成させるという流れはすでに頭にありましたし、どんな人と出会っていくかというのも想像できていたので、テンポよく書くことができました。このマチコもそうですが、ひたすらハッピーな人っていると思うんですよ。不幸を受け取る穴みたいなものに栓をしてるというか、幸福の投函口しか開けてないみたいな人。アンテナが全て幸福に偏っているから、基本的にすごくポジティブじゃないですか。そういう人っていいなと思って、この三話を思いつきました。

 

ーーちなみに、黒木さん自身の投函口はどうなっているんですか?

 

黒木 私はどちらも開いています。でも悲しみや不幸は、心にまでは入っていかない。サンプルとして、別の頬袋みたいなところに貯めている感じなんです(笑)。基本的には不幸も見逃さないようにちゃんと見ているんですが、取り込んでも吸収しないから精神的にやられたりしないし、あまりへこみもしないんですよね。これは十代の後半、音楽をやり始めた頃からの感覚です。

 

ーー第四話は単行本化にあたって書き下ろされた「リセット」。妊活七年目のラクトママ葵(あおい)と、株式会社ラクトルで菌の培養を手がけている夫・達也(たつや)は不妊治療を続けているのですが、思わぬところでパンドラの箱が開き、ラクトルにまつわる最大の秘密が明かされることになります。ジェットコースターの停止線寸前で加速するような予想外の驚きがありましたし、ここまで読み進めてきた物語が新たな視点を持って動き出すような感覚があり、とても興奮しました。

 

黒木 もともとは三話完結ぐらいのイメージで書いていたんですが、いざ三話書いてみると、もうちょっと全体を総括するような章があってもいいかなと思い、この「リセット」を書き下ろしました。不妊治療に関しては、実際に友達がやっていたんです。その人は男性なんですが、女性目線で考えていたこととは全然違うリアルな話を聞くことができました。奥さんの排卵に合わせて自分の精子を病院へデリバリーしなきゃいけないんだけど、時間制限がある中で出さなきゃいけないのはすごく複雑。病院に届けた後に奥さんから「終わった?」と聞かれると、愛があってこそなのに、ただの役割のようでとても嫌だとも言っていて。

 

ーー妻じゃない女性のことを思って吐き出した精子で人工的に作った子供は幸せになれるのか、という達也の言葉もありましたね。

 

黒木 それも、友達との電話の会話の中から生まれたものです。ひょっとしたら私もそういう道に進むかもしれないし、この本が預言書みたいなことになるかもしれないなとか、いろんな思いがありました。ラクトルは捏造の存在だし、ラクトママも捏造の配達員達なんだけど、なんだか実在するような気持ちになることもあって。

 

ーーその〈捏造〉というのが、重要なキーワードでもありますね。

 

黒木 小説を書く時はいつも自分の中に裏テーマというのがあるんですが、それが今回は〈捏造〉だったんです。四話は特にその色が濃いですね。ちょっとミステリーというか、サスペンス風になっていく展開は、自分でも気に入っているところです。

 

ーー黒木さんにとっては今作が四冊目の小説になるわけですが、物を書く人間としての変化のようなものは何か感じていらっしゃいますか?

 

黒木 難しくしようとか賢い本を書こうみたいな、カッコつけたい気持ちがなくなりました(笑)。普段の会話で使わないような言葉を無理やりねじ込むんじゃなくて、読みやすい! って思われるものにしようと考えたし、以前はもっと怖いものや猟奇的なものを書いてみたいと思っていたけど、そういうのも一旦忘れてましたからね。喜劇的なものにはあまり手を出してきませんでしたが、今回の第三話などは特に、ひたすら楽しんで書くことができました。

 

ーー確かに、今回は一滴の血も流れていないですね(笑)。

 

黒木 そうなんです。前は暴力的な恋愛事情とか、マイノリティーな生活を書いていたけど、今回は書いているフィールドが広がったから、殺したり殺されたりしていないし、殴ったり殴られたりもしていない(笑)。暴力と性的な描写を封印した、初めての作品かもしれないです(笑)。

 

ーー暴力も性的な描写も出てこないけど、菌に着目して、それが町にばらまかれているという視点はすごく黒木渚らしいなと思います。

 

黒木 自分でも思いました(笑)。でもこの小説を書いて、菌の構造ーー善玉菌と悪玉菌がどういう風にバランスをとっているかを調べていくと、人間の社会と同じなんだなと思ったんですよね。いい人と悪い人がいて、せめぎあっていて、自治体を作って、物々交換をして、有益なものと無益なものをその中で代謝させている。どっちつかずのやつがいるところもそうですよね。正義は正義でも、正義が増えすぎると自滅する感じとか、すごく人間っぽい。

 

ーー確かにそうですね。

 

黒木 と考えると、私たちもデカめの菌なのかなと(笑)。いや、ということは、私たちを包んでいるもっと大きな菌もいるはず……って、小学生の連想ゲームのように純粋に楽しんでいました。そういえばたまたまなんですが、犬のフンを電子顕微鏡で見る機会があって(笑)。そしたら、めちゃくちゃ綺麗な宇宙の写真みたいだったんです。こんなに小さな世界を拡大すると宇宙になっているなんて……! すごくロマンを感じるとともに、私が書いているこのラクトルの世界ともビンビンに繋がってることを実感しました(笑)。そういう脳で映画『メン・イン・ブラック』なんかを見ると、もう最高に面白かったですよ(笑)。

 

ーーこの作品を読んだ後も、そういう快感みたいなものを感じる方は多いと思います。

 

黒木 小さな菌の世界を覗いていくと、人間の生活が見えてくる。人を見ていると、町が見えてくる。小さいものの中に大きなものが内包されているみたいな、不思議な視点が楽しめるんじゃないかなと思います。

 

ーー魅力的なキャラクターもたくさん出てきますから、映画化されたらどんな配役になるんだろうという妄想も楽しめます。

 

黒木 私もすでに妄想しています(笑)。この役はあの人で、主題歌は私が作って……とか。ちなみにラクトルのCMソングはすでに完成しています(笑)。

 

ーー実際、ラクトルのボールペン付きサイン本もFC限定で予約販売されましたし(※すでに終了)、ラクトルの世界は本という形だけにとどまっていません。

 

黒木 すごく立体的になってきましたね。連載中は挿絵も自分で描いていたんですが、その時のクレジットを「妙雲」にしたり、ラクトルのパッケージやボールペンを作ったりして。嘘から出た実(まこと)って面白いですよね。もう私、なりたいですから。一日ラクトママに(笑)。

 

 

『呼吸する町』
黒木渚/著

 

乳酸菌飲料ラクトルを配達するラクトママたちが見つけた、ちいさな奇跡とたしかな幸せ。
配るのはラクトルだけじゃない、集めるのは代金だけじゃない……かもしれない、甘くてほろ苦い4つの物語。

 

黒木渚(くろき・なぎさ)
1986年、宮崎県生まれ。福岡教育大学英語科英米文学専攻。大学時代に作詞作曲を始め、ライブ活動を開始。また、文学の研究にも没頭し、大学院まで進む。2012年、「あたしの心臓あげる」で歌手デビュー。2014年、ソロ活動を開始。2017年、アルバム『自由律』限定盤Aの付録として書き下ろされた小説『壁の鹿』を、初の単行本『本性』と同時期に刊行。2018年、『鉄塔おじさん』を刊行。

 

取材・文 山田邦子 撮影 石田純子

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