ryomiyagi
2021/11/27
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2021/11/27
『失われた岬』
KADOKAWA
「謎の場所や得体の知れない何かに心惹かれます。それで、自分に近い人が病気や死ではない何かに奪われていくというシチュエーションを、SF的解明ではない手法で書いてみたい、そこに滅びゆく文明や産業問題、資源戦争といった視点を結びつけたいと考えました」
篠田節子さんは新刊『失われた岬』を執筆したきっかけについて、そんなふうに語り始めました。
「北海道の方から“本州は自然と人間が住む間に里山など緩衝地帯がある。でも北海道は人が住むところは人が住むところ、自然は自然と、その差は絶対的で全く違う”と伺い、小説の舞台を探して知床や増毛町など北海道を回りました。最初のイメージはギリシヤのアトス山でした。古い独居型修道院などもあって、一人ひとりが小さい廬(いおり)の中で神と向き合うという話でした。そこで組織だっていない求道的な場、神なき宗教みたいなものを近未来で描こうと考えたんです。ドンピシャな場所が見つかり、イメージが膨らみました。家族や恋人、友達などがその土地に行くと決めて消えていったら、残された人はどんな気持ちになるのか。そこを書き起こしていきたいと思いました」
物語の軸はこうです。親しい知り合いが、徐々に淡白になり、物欲もなくなっていき、やがて消えます。美都子の場合は憧れていた友人・清花夫婦が、その約20年後にはノーベル賞作家の一ノ瀬和紀が授賞式直前に失踪。担当編集者の相沢が一ノ瀬の目撃情報を探したところ、北海道旭川駅前に姿を現したことが判明します。情報を手繰り寄せた相沢はやっとの思いで一ノ瀬と再会するのですが……。
本作には脳科学、薬学、生物学などの科学的知見がふんだんに盛り込まれています。
「中医薬だけでなく西洋医学でも創薬に際して天然の植物や菌類を原料に使うことがよくあります。薬草になる植物の組織を培養すれば新しい薬はいくらでも作れる。自然は巨大な資源なんです。ところが、そういった大自然にある植物や菌類が窃盗団に盗られたり、土地がタダ同然で外国人に売られたり。日本人にはいまだにそういった危機意識が低い面があるかも、などの思いもありました」
このままの状況なら文明はどこへ行き着くのか─。ここに篠田さんは小説のテーマを据えます。
「キプロスではボロボロの服を着た修道女たちが額に汗してオリーブ漬けを作っているのをみました。文明の対極にそういう世界がある。人工的なものを使ってその境地に到達できたとしても、果たして意味はあるのか。文明を重ねた行方に、肥大化した欲望の先に一体何があるのか。否定も肯定もしませんが、この小説ではそこを探ったつもりです。
結論が早く出てわかりやすいものが好まれますが、はっきりとした善悪などありません。ツイッター程度の文字数で理解できないといら立つ風潮が蔓延しています。たくさんある情報にのみ込まれず自分で思索することを捨てないでいこうよと言いたいんです」
謎解きを楽しみながら文明の行く末や感情を持つことの意味などへと意識が広がっていき、思考させられます。面白すぎて読み終えたくない、篠田作品の最高峰です。
PROFILE
篠田節子
’55年、東京都生まれ。’97年『ゴサインタン-神の座-』で第10回山本周五郎賞、『女たちのジハード』で第117回直木賞、’15年『インドクリスタル』で第10回中央公論文芸賞、’19年『鏡の背面』で第53回吉川英治文学賞など多くの文学賞を受賞。’20年には紫綬褒章受章。
聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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