なぜ、いま本屋を開くのか? 店を始めるまで気づかなかった「社会の性差別」
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BW_machida

2021/10/18

 

東京にある本屋Readin’ Writin’ BOOKSTOREを経営する主人の前職は、新聞記者である。30年ものあいだ続けた新聞記者生活を引退して、次に選んだ仕事がどうして本屋なのか。その答えは「正直、自分自身もよく分からない」そうだ。本書には「いろいろな人たちとの出会い」をきっかけに、妻の不機嫌をたしなめながら動き出した本屋開業までの道のりが書かれている。

 

本書は、本屋経営のための指南書として読んでもおもしろい。本屋開業に向けて受講した起業塾では利益計画や資金計画、ソーシャルメディアの活用法を学び、顧客ニーズの把握がいかに重要かを説かれたという。雑貨を売るマーケットや本屋を巡りつつ学んだ会社を成功させるためのノウハウも語られている。

 

とはいえワンクリックで本が買える時代、本屋の経営はなかなか難しそうだ。ときには予定したとおりの売り上げに達成できない月もあるが、そんなときに役立ったのが新聞記者だったころの経験だという。

 

「理想の形に固執しないで変化に対応していく。これは新聞記者にもあてはまる。スポーツを取材していたころ、試合の流れを予測して原稿を書きつつ、想定外のことが起こった場合でもあわてずに書き換える作業を繰り返していた。」

 

お店を続けるうえで大切なのは、お客さんの声に耳を傾けながら本屋づくりのプロセスを楽しむこと。オープン当初は三百数十冊だった本も、今はぐっと増えた。ジャンルも移民、差別、戦争のほか漫画、音楽、演芸、海外文学や絵本など著者の「気になる」「読みたい」本が幅広く揃っている。いつまでも未完成な状態を良しとする本屋には、若い人からお年寄りまで幅広い年齢層のお客が訪れる。

 

Readin’ Writin’ BOOKSTOREがお客を引きつける理由のひとつが、フェミニズムやジェンダー関連の書籍の多さだ。書店の最多のジャンルとなっているそうで、仕入れが追いつかないというから書店を訪れるお客たちの関心の高さがうかがえる。DIYで専用の棚を作っても収まりきらず、他の棚を侵食している状態だという。

 

フェミニズムの本を扱うのには理由がある。新聞記者として働いていたころ、人がやらないことを目指してきたつもりだったと著者は当時を振りかえる。自分は「『少数派』になることを恐れないと言いながら、まぎれもなく『マジョリティ』の一員」だった」こと、社会が「性差別」に満ちていたことに本屋を始めるまで気づかずにいたことがフェミニズムやジェンダー関連の書籍を売るきっかけになったという。「社会には僕がまだ気づかず、知らずにいることがある。」だから今日もフェミニズムやジェンダーをテーマにした本を探しては仕入れ、棚に並べる。その本を買うのはもちろんお客なのだが、この店では、本との出会いを楽しんでいるのはお客だけではないのだ。

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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