akane
2018/10/02
akane
2018/10/02
“師匠”であるモーガンのテイスティンググループのソムリエにとり、火曜日朝の十時に〈イレヴン・マディソン・パーク(EMP)〉に集まるのは、フィットネスマシンでのデートのような魅力をもっていた。それはいわば舌の筋トレで、彼らはこの毎週の活動をもう数年間続けている。
彼らのグループ、このEMPは、ニューヨークのブライド・テイスティンググループの聖杯、つまり伝説的存在で、市で最高レベルと噂された。グループに加わりたい者のウェイティングリストがあり、「とにかく熾烈なの」とさるソムリエールから脅かされた。
「オーケイ、ぼくは〈ええと〉を数えるぞ!」モーガンは言い渡した。演劇の経験のある彼は洗練された発言を重んじる。それに、マスター・ソムリエのブラインド・テイスティングでは二十五分で六本――白を三本、赤を三本――の評価をしなければならない。一つのグラスに四分程度しかかけられないので、「ええと」とか「あの」とか言っていると貴重な時間が喰われてしまう。
初めは白、ソムリエ仲間のダナが最初に挑戦した。
「彼は鼻だけでやり通せるんだ」モーガンは褒めた。ダナも否定しない。
私は自分のグラスを手に取り、鼻に近づけた。ダナはまだ色を調べている。そこで私も鼻をグラスから離して外観を調べた。赤か白かと言えば、これは白ワインだ。ここまではぜったい間違いない。間違いだった。
「グラスの縁の表面張力とゴールドとグリーンの光の斑点からするとペイルゴールド。それは星のようにきらきらしていて、ガスや澱ではない、そして粘性はモデレートプラス」低い抑揚のない早口でダナは言った。そうか、彼らは「白」という表現を求めているのではないのだ。
ダナはすでにさっさと先に行っている。「熟したピーチキャンディ。アプリコット。メイヤーレモン。砂糖漬けのグレープフルーツ。軽く砂糖漬けにしたアルコール飲料によく似たフルーツ。ミカン。砂糖漬けのミカンとオレンジピール。かすかにグランマニエ。スイカズラ。ええと」モーガンがチェックマークを書く。「リリー。乳脂肪分が三五から四〇パーセントの生クリーム。ヨーグルト。バター。バタースコッチ。かすかにタラゴンとバジル。そして、ええと」――チェック――「バニラを焼いた時のようなスパイスは、真新しい小型のオーク樽の香りをうかがわせる」
彼はまだ味わっていない。
私は疑わしい気持ちと畏怖を交互に味わっていた。砂糖漬けのミカン? グランマニエ? 本当に? 急いで一口すする。好きな味だということはわかった。リンゴのフレーヴァ―がふたたび……そう? ほとんどリステリンの味だ。
ダナは一口すすり、口の中でころがした。ハーブガーデンと春のブーケを味蕾に感じると言った。
やや間をおき、最終的結論に向かって一つ深呼吸する。「これは二〇一〇年……いや、二〇一一年のヴィオニエ。フランス。ローヌ渓谷、北ローヌ。コンドリュー」
モーガンはボトルを引き寄せ、ラベルを読みあげた。本当にヴィオニエで、フローラル、香り豊かなブドウ。フランスの北ローヌ。北ローヌはコンドリュー産。セントラルパークの半分に及ぶ約五〇〇エーカーの呼称。そして二〇一二年だった。
私はあんぐりと口を開けていた。拍手したかった。でも感動していなそうな他の三人の無表情に倣った。モーガンはダナが持ち時間を十秒超過していたと指摘した。ジョンはダナの酸性の評価に異議を唱えた。
「塩気が高酸性と思わせたんじゃないかな」
モーガンはそのワインを嗅いだ。「ホットドッグの匂いがする」
「フレッシュミントのオレンジチックタックだ」ジョンが訂正した。「それとも硬くなったチキン」
ダナはかぶりを振った。「硬くなったチキンはもっと……クレアヴァレー。オーストラリアのリースリングみたいな」
株式会社光文社Copyright (C) Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved.