akane
2018/07/12
akane
2018/07/12
~有楽町一支持される立ち食い蕎麦の、思わぬ夏の決め手:はないち 冷やし中華風そば~
「色黒は七難隠す」東京の蕎麦つゆ
知られざるBグルの名店を駅のガード下に探る、有楽町篇の第3回。さて、有楽町はなんせサラリーマン王国ですから、メシも手っ取り早く済ますに越したことはない。究極のクイック飯は立ち食いソバとソーバ(相場)が決まっている。
ところがだ! 脂っこい焼きそばで名高い「後楽そば」は、しばしの閉店の後に五反田へ異動。つなぎ中心の巨大メンチそばが妙に旨く、全面にルーをかけるカレーもイケる「新角」は、耐震工事のため昨年6月いっぱいをもって休業。「約1年後にリニューアルオープンの予定」と告知されていたが、7月初旬現在、まだ何やら建築中で復活の見込みなし。
仕方なく銀座方面に足を伸ばし、「よもだそば」で週替わりメニューをチェックか、京橋のそばよしで野菜天ないしかき揚げそばを啜るのが、このところのぼくの有楽町立ち食いライフだった。
しかし、この2店(さらに言えば、夜は立ち飲み屋と化す京橋の「いっぱい喰い亭」)のような”優等生”とつき合っていると、ガサツな不良連中が恋しくなる。近年の立ち食い蕎麦のレベル向上も、ガキの頃から都心部を徘徊していた者からすれば、どこかアンビバレントな心境にはさせられる。
十割蕎麦も悪くないけどさ、やっぱ、つゆに執着すべきでしょう。格別出汁が利いてなくても構わない。色も、学ランみたいにドス黒くあるべきです。女性と違い、色黒は七難隠すのが東京の蕎麦つゆ。ぼくはあの黒い液体を胃に注ぎ込むことで、酒に爛れた全身を浄化したいのだ。
有楽町という月給取りの聖域で、味の濃いつゆをゴクゴク飲み干し、満腹感を素早く得られる立ち食い蕎麦屋が次々に消失したのは誠に残念……。
帝劇ビル地下にかつては首都圏でも鳴らしたチェーン「都そば」が生き残ってはおり、5と10の付く日の卵サービスは嬉しい。京橋でも八重洲方面のカウンターだけの狭小店「わんぱく」もつゆは黒々(しかも味わい深く)、天ぷらはもっさりでたまらなく旨いが、いささかの遠征感がある。
さて、どうしよう。その日も二日酔い気味のぼくは、昼近くになってようやく食欲も出て、無性に蕎麦が食べたかった。ただし次の予定もあり、有楽町駅からなるべく離れたくない。
だったら、やはりガード下の「はないち」か…? ただ、ここの看板は注文を受けてから揚げるかき揚げ。思えば、同じ場所に「銀座 木屋」系列の今はなき「天久利」があった頃から、一から揚げる分厚いかき揚げは名物だった。平常時の胃袋なら大歓迎だが、やっとこさ食い物を受け容れようかという状態の時は、ちょっとキツい。
ところで、「はないち」の隣は古くからある居酒屋。「天久利」がしばらく閉じているなと思ったら、装いはほとんど変わらず、その系列店「酒や はないち」となっていた。ここは埼玉県蓮田の清龍酒蔵の直営店。元早大生や立大生にはおなじみの、高田馬場や池袋、今では新宿にも大型店を持つあの居酒屋「清龍」だ。
ちなみに、「酒や はないち」は2年前の『出没!アド街ック天国』の有楽町編では、居酒屋「新日の基」、ビアパブの「バーデン バーデン」とともに「ガード下の酒場」というくくりで1位に輝いている。
そのせいではなかろうが最近、妙にインバウンド客が多い。諸物価高騰の折、いまだかき揚げそばは400円だからなぁ。きっとガイドブックにも書いてあるんだろう。
ともかく胃を押さえながら、彼らとともに券売機に並ぶ。豊富なメニューの中からどれにしようか迷っていたら……。「冷やし中華風そば(550円)だと? よっしゃー」とポチッとな。
これが驚いた。多少は和風なのかと思いきや、完全に中華寄りのスープ。見事に酸っぱい。具材がまた嘘偽りのない冷中だった。錦糸玉子、刻み味付油揚げ、ハムではなくボロニアソーセージ、ワカメ、キュウリ、紅生姜、大量のネギ。なんといっても見た目が鮮やかだ。
バカになっていた胃が次第に喜び出した。麺はむろん日本蕎麦。量もしっかり目で、コシもあって悪くないぞ。つゆと合っているのかイマイチ判然としないが、これはこれでOKと一気に完食。チュチュっと、皿に残ったつゆまで吸っていた。
あれだけくたびれていた胃が逆療法で甦ってしまった。仕舞いには、ビールのつまみにこれは良さげとさえ思っていた。東京の立ち食い蕎麦には、こうしたえぐみが絶対に必要なのだ!
■はないち
東京都千代田区有楽町2-9-16
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