マス・メディアが戦争の引き金になる時 120年前から繰り返されるフェイクニュースの歴史
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ryomiyagi

2020/06/16

トイレットペーパーの買い占めから「陰謀論」まで。コロナ禍で、フェイクニュースによる世論の形成が大きな問題となっている。しかしこれは今に始まった話ではない、とNY タイムズ元東京支局長は話す。1898年に勃発し「歴史上初めてメディアが引き起こした戦争」と呼ばれる米西戦争におけるジャーナリズムの暴走は、私たちの過去か、未来か?

 

※本稿は、マーティン・ファクラー『フェイクニュース時代を生き抜く データ・リテラシー』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

 

 

■フェイクニュースの2つの定義

 

ここでフェイクニュースの定義をあらためて確認しておこう。

 

第一に、メディアが確信犯的にウソをつくこと。第二に、メディア自体は事実を報じているが、トランプのような権力者が「××はフェイクニュースだ」と言ってそれを否定すること。あるいはメディアが正しい報道ができないように、情報統制や弾圧によって封じこめることもある。

 

トランプの場合、自分の支持者に「CNNやNYタイムズはフェイクニュースばかり流す」と訴えかける。そして「あのメディアの報道はウソだ」と連発することによって、正しい情報が否定され、メディア自体の信用が毀損されていく。

 

以上の2つの定義を頭に入れたうえで、歴史上繰り返されてきたフェイクニュースの過去を振り返っていこう。

 

■「イエロー・ジャーナリズム」の原点

 

1898年に起こったアメリカとスペインによる米西戦争は「歴史上最初のメディア戦争」と言われる。フェイクニュースが人を騙すだけでなく、戦争まで引き起こしてしまったとんでもない事例だ。

 

1941年に映画『市民ケーン』(原題“Citizen Kane”)が公開された。主人公ケーンのモデルになったウィリアム・ランドルフ・ハースト(William Randolph Hearst)は、実在する人物だ。彼が米西戦争を引き起こした。

 

『市民ケーン』は劇映画としておもしろく脚色されているものの、完全なるフィクションではない。実在するハーストという人物を通して、あの時代のアメリカ社会の状況について議論を促した作品だ。

 

彼がどうやって戦争をけしかけたのか説明する前に、当時のアメリカのメディア状況についてかいつまんで説明しよう。

 

1890年代のアメリカの世論は、ハーストがオーナーを務める「ニューヨーク・ジャーナル」(The New York Journal)と、ジョセフ・ピューリッツァー(Joseph Pulitzer)がオーナーを務める「ニューヨーク・ワールド」(The New York World)によって作られていた。ピューリッツァー賞で有名な彼だ。

 

「ニューヨーク・ジャーナル」と「ニューヨーク・ワールド」は、読者が興味をそそられるメロドラマやロマンスの話をたくさん混ぜこみ、誇張を加えて普通の話をおもしろおかしく書いた。

 

今で言うタブロイド新聞のやり方で、「イエロー・ジャーナリズム」の原型を作った。信頼できない噂や風聞であっても、おもしろくドラマティックに響けばいい。

 

センセーショナリズムはどんどんエスカレートして、「フェイクニュースであっても売れればかまわない」と暴走していった。

 

■「私が戦争を起こすから」儲かるためのウソ

 

ピューリッツァーの「ニューヨーク・ワールド」では、リチャード・フェルトン・アウトコールト(Richard Felton Outcault)というマンガ家が描く「イエロー・キッド」(“The Yellow Kid”)が人気だった。丸刈りで黄色い服を着た男の子のマンガだ。

 

絵がもちうる力をよくわかっていたハーストは、「ニューヨーク・ワールド」から「ニューヨーク・ジャーナル」へとアウトコールトを引き抜く。

 

そこでピューリッツァーは別のマンガ家をスカウトしてきて、「ニューヨーク・ワールド」と「ニューヨーク・ジャーナル」はお互いが2種類の「イエロー・キッド」を載せて熾烈な部数競争を戦った。

 

当時のアメリカ社会では、スペインの植民地となっていたキューバと中米諸国についての関心が高かった。ハーストは悪知恵を働かせる。

 

隣国キューバをめぐってアメリカとスペインの間に戦争が起これば、イエロー・ジャーナリズムを展開する自分たちの新聞が売れると考えたのだ。

 

ハーストは当時人気のあったレポーターをキューバに送りこみ、現地の女性や子どもが宗主国スペインのせいでどれほどひどい目に遭わされているか、メチャクチャな記事を書いた。勇敢なキューバ人が専制と圧政に抗して、スペインと戦っているとも煽った。

 

ハーストはさらに、フレデリック・レミントン(Frederic Remington)という著名なイラストレーターをキューバに送った。

 

写真が普及する前の時代の新聞は、イラストレーターが描いた絵と一緒に記事を掲載していた。今のように写真ではなく、絵を使って読者にメッセージを伝えたのだ。

 

キューバに着いた当初、レミントンはガッカリして「ここではすべてが静かだ。何も問題はないし、戦争なんて起こらない。私はもう帰りたい」というテレグラムを送る。

 

あわてたハーストは、「あなたにはそのまま留まって絵を描いてほしい。私が戦争を起こすから」と宥めた。

 

そしてハーストは格好の材料を見つける。アメリカ海軍の戦艦メイン号(U.S.S. Maine)がハバナ湾で爆発事故を起こし、266人の乗組員が死亡したのだ。

 

当時の船は石炭を動力としていたから、ボイラー室で水蒸気の強い圧力が発生し、爆発がたまたま起こった可能性もある。戦艦で実際何が起きたのかは、今もよくわかっていない。

 

爆発の原因が正確にわからないのに、ハーストは新聞で「スペインの仕業だ」と煽って大騒ぎした。アメリカ人は“Remember the Maine!”(メイン号を忘れるな!)と怒りに燃えた。そして爆発事故から2カ月後、アメリカは戦争を開始した。

 

歴史上初めて、近代マス・メディアが開戦の引き金を引いたのだ。

 

アメリカはたった数カ月で勝利を決め、キューバやプエルトリコなどカリブ海域を手に入れる。そこを足がかりとしてアメリカは太平洋に進出し、グアムやフィリピンまで獲得した。

 

戦争が起きたおかげで、ハーストの新聞社は大儲けした。湾岸戦争やアフガン・イラク戦争のときもそうだったが、戦争が起きればメディアに注目する人の数は格段に増える。米西戦争当時はテレビがなかったから、新聞社が利益を総取りできた。

 

儲かりさえすれば、ウソで戦争を引き起こしたってかまわない。その狂った発想が、現実の世界を大きく動かしてしまったのだ。

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