宇宙にある天然のモノサシ「バリオン音響振動」とは? ――図解 宇宙のかたち(4)
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バリオン音響振動とは

 

初期の宇宙は、現在の宇宙とはかなり違ったものだった。宇宙の晴れ上がり以後、宇宙はほぼ透明になり、そして星や銀河ができて私たちのイメージする現在の宇宙が出来上がった。

 

逆に言えば、宇宙の晴れ上がり以前の宇宙は、現在の宇宙とだいぶ様子が異なる。原子はイオン化していて、電子は自由に動き回っている。このような物質の状態をプラズマ状態という。通常物質がプラズマ状態にあると、光は原子核から離れている電子とぶつかるため、まっすぐ進めない。このため、プラズマ状態にある通常物質と光はほとんど一体となって運動する。そして、プラズマ状態にある物質と光には圧力が働く。

 

物質に圧力が働く場合、体積を圧縮すると反発力が働いて元に戻ろうとする。これは空気のような気体の場合と同じである。ある場所で空気の体積を圧縮すると、圧力によって体積を元に戻そうとする力が働く。すると体積が膨脹し、そのまわりの空気の体積を圧縮する。すると今度は圧縮された場所の体積が膨脹し、さらにそのまわりの空気を圧縮する。これが連鎖的に起きて波となって伝わる現象が音波だ。

 

晴れ上がり以前の宇宙でも、プラズマ状態にある物質と光に圧力が働くため、音波と同じような振動現象が起きる。宇宙には最初に密度ゆらぎがあった。最初に物質は密度の高いところへ集まってくるが、密度が高いところでは圧力も大きく、密度を下げて元へ戻ろうとする。この力が元になって音波が発生し、それが四方八方に伝わって行く。

 

宇宙には通常物質のほかにダークマターもあるが、ダークマターに圧力は働かない。したがって、音波となって振動することもない。音波として振動するのは、プラズマ状態にある通常物質と光だけだ。ダークマターも物質の一種だが、ダークマターでない通常物質のことをバリオン物質とも呼ぶ。このため、宇宙初期に起きたこの音波振動のことを「バリオン音響振動」と呼ぶ。

 

訳語の定着

 

この「バリオン音響振動」という日本語は、『図解 宇宙のかたち』(光文社新書)を上梓した、高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所教授である松原隆彦氏が最初に考案した。

 

もともとは英語でバリオン・アコースティック・オシレーション(Baryon Acoustic Oscillation)、もしくはBAO(バオではなくビー・エー・オーと読む)と呼ばれていて、松原氏がこれに関する研究を始めたとき、日本語の訳語は定着していなかった。

 

その後、いろいろなところで使っているうちに、日本の研究者仲間もこの訳語を使うようになり、さらには科学ニュースなどでも使われるようになったという。

 

バリオン音響振動のパターン

 

さて、宇宙には密度ゆらぎがある。最初に密度が濃い部分では、プラズマ状態にあるバリオンの圧力が高く、そこから外向きの音波が放射される。プラズマ状態になったバリオン物質中を、波が放射状に進んでいく。ちょうど、静かな水面に水滴を落とすと、そのまわりにきれいな円を描いて輪が広がっていくようなものだ。

 

宇宙の晴れ上がり後は、ダークマターの密度ゆらぎもバリオン物質の密度ゆらぎも同じように重力不安定性で成長するようになる。そして、その密度ゆらぎが最終的に宇宙の大規模構造のパターンを作り出すことになる。

 

宇宙の大規模構造のパターンを見ても、ダークマターのゆらぎに起因する成分が大きいため、バリオン音響振動の痕跡を目で確認することは難しい。だが、大規模構造のパターンを統計的に処理した相関関数を測定すると、実際にバリオン音響振動の痕跡を確認することができる。

 

宇宙に置かれた大きな丸い球

 

バリオン音響振動は遠方宇宙に置かれた天然のモノサシになる。例えば、単純な場合として膨脹していない仮想的な宇宙を考えよう。すると、大きさのわかっているものを遠くから眺めると、距離に反比例して見かけの大きさが小さくなる。このことから、見かけの大きさを使って距離を測ることができる。

 

実際の宇宙は膨張しているので、大きさの決まったものがあっても、距離は必ずしも見かけの大きさに反比例しない。仮に特異速度を持たない完全に丸い球があって、宇宙空間と一緒に膨脹していたとする。この球が近傍宇宙にあって、赤方偏移(光の波長が伸びて観測される現象のこと)が十分に小さい空間で見ると、それは完全な球に見える。

 

だが、赤方偏移が十分に小さいとは言えないほど遠方の宇宙にあると、宇宙空間を光が伝わってくるときに宇宙膨張の影響を受けることにより、見かけ上その球は丸く見えなくなるのだ。つまり、楕円形に歪んで見える。その歪み方は宇宙膨張がどのようであったかによって異なる。このため、歪み方を測ることで宇宙膨張に関する情報が得られることになる。

 

宇宙は何でできているのか

 

バリオン音響振動は宇宙のモノサシになる。したがって、宇宙の曲率も細かく測ることができる。遠方の宇宙に大きさの決まったものを置いておけば、宇宙の曲率の値によってそれを見込む角度が異なるからだ。

 

大規模構造に含まれるバリオン音響振動の痕跡を測定することによって、宇宙膨張の様子や宇宙空間の曲率がわかる。
これらはなぜ重要なのか。

 

それは、宇宙の膨張や曲率が、宇宙が何でできているのかと関係しているからだ。

 

宇宙が膨張するということは、時空間の性質が変化することを意味する。時空間というのは固定されたものでなく、伸びたり縮んだり、曲がったりねじれたりすることができる。このことを明らかにしたのがアインシュタインの一般性相対理論である。

 

一般性相対理論は、時空間の性質が、その中にある物質やエネルギーの状態と関係していることを明らかにした。この関係を与える方程式を「アインシュタイン方程式」と呼ぶ。このアインシュタイン方程式を解くことで、時空間とその中にある物質やエネルギーがどのように結びついていて、どのように変化するのかがわかる。

 

宇宙の膨張の様子も、このアインシュタイン方程式によって解くことができる。その解は、宇宙の空間曲率と、宇宙の中にある物質やエネルギーがどのようなものなのかによって決まる。したがって、私たちの宇宙の曲率や、それがどのように膨脹してきたかを観測できれば、宇宙が何でできているのかを知ることができるのだ。

 

 

以上、『図解 宇宙のかたち』(松原隆彦・高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所教授:著、光文社新書刊)から抜粋・引用して構成した。

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