BW_machida
2021/04/03
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2021/04/03
『血も涙もある』
新潮社
「18世紀のフランスを舞台に男女関係の狂想曲を描いたピエール・ショデルロ・ド・ラクロの『危険な関係』という作品があります。これが好きで、今回の小説の原点にありました。この感じにトライしてみたいと思ったのが最初です」
絶大な人気を誇る山田詠美さんの新作『血も涙もある』は、妻、夫、夫の恋人の関係性を柔らかな筆致で描いた長編小説です。
「ある時期から、有名人が不倫するとものすごく叩かれるようになりましたよね。ネット上でモラル違反だと叩かれ、そこに便乗したマスコミに叩かれ、さらに激しく世間から叩かれる。この風潮を、なんだかなあ、と。私は男女のことには社会のモラルは押し付けられないし、世間体を持ち込んだらダメだと思っています。男と女のプライベートは、何が正しくて何がダメかは千差万別ですから」
山田さんは、以前から結婚や配偶者など制度や枠組みに縛られない恋愛関係を書いてこられました。
「20年前にも『A2Z』という作品でダブル不倫を描きました。そのときも意識したのは、大人だから打算的だけれどピュアなものもある恋愛のケミストリーです。そもそも不倫は古今東西あったことです。だからこそ小説をはじめ、あらゆるアートがアンモラルを取り上げてきました。昨今、誰かが不倫すると“いい子ちゃんぶっているけど、ほら見てみろ”と暴きたてて、とことん叩くでしょう?あれが憎たらしい(笑)。そういう思いもあって、恋愛を巡る三者の関係性を書きました」
沢口喜久江・50歳は幅広い年齢層から人気を集めている有名料理研究家。10歳年下の夫・太郎はあまり売れていないイラストレーター。和泉桃子・35歳は喜久江の助手の一人で、喜久江のもとで働いて6年になります。桃子は“人の夫を寝盗る”のが趣味で“誰かの男の美点をかすめ盗っているという感じが大好き”です。
喜久江の手作り弁当を届けにきた桃子に太郎が一目惚れしたことから、2人は付き合うように。桃子は喜久江を尊敬しつつも“彼のいちばんおいしい部分は私が味わっている”と思います。喜久江は寛容な妻を演じながらも、内心は不安でいっぱい。太郎は太郎で、妻について本人には言えない思いを抱えていました。
「自分の足で立っている女性が恋愛には弱くなるというのはよくあること。世の中のイメージと心持ちが違っているのは珍しいことではありません。そこに人は引かれたり反発したりするものだと思うんです。この小説のようなシチュエーションになると、女は女を責めがちです。でも、恋愛は誰のせいでもなく、しょうがないこと。恋愛は何でもありだから、人を叩くより自分が楽しんでしまうほうがいい。どうせ失敗して、後悔するときはきますから(笑)」
物語は三者三様の視点で展開していきます。それぞれの言葉にリアリティとそこはかとないおかしみがあり、膝を打ったりニヤリとしたりしながら読み進めます。
「今の人は恋愛しなくなっているのでは、とよく聞かれるんですが、それもステレオタイプな見方。今はみんな真剣になっていないフリをしているだけで、いつの時代でも、人は誰しも真摯に人間関係に向き合っているんじゃない?」
ままならないからこそ、人生は奥が深く愛おしい──。読書の醍醐味を堪能できる一冊です。
PROFILE
やまだ・えいみ◎’59年、東京都生まれ。明治大学文学部中退。’85年『ベッドタイムアイズ』で第22回文藝賞、’87年『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で第97回直木賞、’89年『風葬の教室』で第17回平林たい子文学賞、’91年『トラッシュ』で第30回女流文学賞、’96年『アニマル・ロジック』で第24回泉鏡花文学賞、’00年『A2Z』で第52回読売文学賞、’05年『風味絶佳』で第41回谷崎潤一郎賞、’12年『ジェントルマン』で第65回野間文芸賞、’16年『生鮮てるてる坊主』で第42回川端康成文学賞を受賞する。
聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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