自分が娘にできなかったものを託しました『女童』刊行記念 赤松利市インタビュー
ピックアップ

ryomiyagi

2020/01/10

「62歳、住所不定、無職」の大型新人としても話題を呼び、衝撃作を放ち続ける著者。壊れていく娘を抱え、破滅に向かう男を描いた『ボダ子』。
その問題作で触れられなかった父娘の逃避行に迫ったのが本作。作品に込めた思いと、作家としての「これから」を語ってもらった。

 

 

悪い人間と、悪くないとこにいる人間。どっかで立場逆転したっておかしくない。

 

ーー『女童』の主人公は『ボダ子』(新潮社)の主人公・大西浩平の娘・恵子です。『ボダ子』に連なる物語を書こうと思った理由は何なのでしょうか。

 

赤松 寮さん(作家・寮美千子 氏)に言われたんだよね。「あんたもねえ、小説家だったらね、小説家としての覚悟持ちなさいよ。二年間一緒に二人だけで暮らしたんでしょ。幸せだったんじゃないの? でも、幸せの中にも色々あったと思うのよ」って。

 

ーー神戸の二年間は幸福だったから、『ボダ子』ではあえて書かなかった?

 

赤松 それもあるからさっと流しているし、娘も私によく懐いてたし。寮さんが娘のことをよく知っていたんです。神戸から(寮さんがお住まいの)奈良に娘と何度も行っていましたし。二年間娘と一緒にいたんですから、なぜ書かなかったかと言われれば、あれは大事にしたい思い出やもん。そうしたら寮さんが「だったら余計に書きなさい」と。

 

ーーご自身の過去をさらに曝け出されたのですね。執筆される中でいっそう痛みを覚える瞬間もあったのでは……。

 

赤松 痛いですよ、心療内科通いながら書きました。完全に病んでしまいましたよ。ましてボダ子の一人称で書いて言うたのは光文社さんですからね、うわぁ思たわ、無茶言うな、と。それを新潮社の編集者に愚痴ったら「うわ、読みたい、それ」て。うわ、この編集者らは鬼やな思いましたわ(苦笑)。『ボダ子』書かさせた編集者も鬼やけど、その上にまだ読みたい、て。

 

ーーすみません……! でも、だからこそ『ボダ子』で壊れていく恵子が、父親との二人暮らしの中、漫画を購入したり、魚釣りに出かけたりする場面で見せる健気(けなげ)な子どもらしさが印象的でした。それもまた神戸での出来事なのでしょうか?

 

赤松 それも思い出ですね。今となれば辛った思い出です。

 

 

ーー一方で物語冒頭から登場し、恵子に不審な治療を行うレディースハートクリニックの奥野医師。彼の人物造形はどのようなところから着想を得たのでしょうか?

 

赤松 モデルはまったくない。実在しない。『ボダ子』でいうと泰子(主人公・大西浩平の下で働く薄幸の事務員)。それ言ったら身も蓋もないですよ(笑)。でも、その泰子は『ボダ子』の中で大分大きなウエート占めてるよ。ファンが周りにもけっこういるんです(笑)。

 

ーー泰子ファン、そんなに多いのですね(笑)。奥野は冒頭から犯罪の匂いをちらつかせています。犯罪という要素は赤松さんの作品にとって欠かせないものかと思います。ご自身は犯罪をどのように考えてらっしゃるのでしょうか?

 

赤松 犯罪に限らずですけど、悪い人間と、我々みたいに悪くないとこにいる人間、ていうのね、私はずっと感じてるのよ、どっかで立場逆転したっておかしくないと。いつでもありうると。これはね、私、消費者金融に勤めてたんですよ。で、取り立てやってたでしょ。悲惨な状況の人んとこに行かなきゃいかんのですよ。そんときね、いつも思ってましたもん。自分が大卒でまだ一年も経ってない若造が、こんなお爺ちゃんとか、お婆ちゃんとかに、偉そうに言うてるけど、いつ立場逆転してもおかしくないよ、と。そういう気持ちはありましたよね。犯罪にしてもおんなしやと思う。いつ逆転してもおかしくないよという気持ちでそういうものを見てますから。

 

ーー二つの立場を隔てているのは薄皮のようなものしかないということですかね。

 

赤松 現実には私自身がそうやもん。会社潰して、土木作業員や除染作業員やって、職失くして、東京でホームレスやって、風俗の呼び込みやって、それで還暦迎えて。自分の人生は、こんなところに行くとはまったく予想していなかった。もっと順調な人生やと思ってた。

 

ーーその折にデビューするきっかけとなった小説(「藻屑蟹」)を書かれたのですね。もし小説がなかったらと想像することはありますか。

 

赤松 いや、もうそのままホームレスになってるでしょ。まだ、当時はホームレスさながらに、住むとこはなかったけど、でも、風俗の呼び込みとかしながら。それから、また仕事失くして。このまま自分の人生終わるんやなあと。そんときに終わりたくないと思ったわけやない。なんやなあ、なんかなあというぐらい。それで、小説書きたい、じゃなくて、小説でも書いてみよっかって。

 

 

ーー恬淡(てんたん)な姿勢に凄みを感じます。先ほどの奥野の話に戻りますが、彼の存在に込めたものはあるのでしょうか。

 

赤松 たしかにね、(娘との暮らしの中で)私は逃げてた。形だけはね、向き合おうとしていた。言い訳にはしたくなかった。もし、ああいう心療内科医がいたら、ほんまに取り込まれてたと思う。

 

ーーただ、物語を読み進めていくと、奥野には単純に悪人と切り捨てられない部分もあるように感じます。そこは意識されたのでしょうか?

 

赤松 若干ね、自分が娘にできなかったもの、足りなかったものを託しましたよ。もちろん父親としてあんなことはできないけどね。

 

ーーこれから書いてみたいと思う題材やテーマはありますか? たとえば赤松さんの学生時代のこととか……。

 

赤松 それは書くかもわかんない。ていうのは「小説宝石」で「遺言」て書きましたよね(「小説宝石 二〇一九年十月号」掲載短編)。あれのテーマもそうだけど、昭和ね、よかった思いますよ。一億総中流いう意識で生きてましたもん。お金のあるなしで人を差別しなかった。そういうもんが基準になってなかった。それが崩れたのはやっぱバブルやろうね。それと戦争への露骨な嫌悪感があったよね。父親や周りの人たちなんか、たとえば、宇宙戦艦ヤマトって聞いただけでも嫌がってましたもん。

 

ーーたしかに今とはまったく違う時代ですね。昭和が題材の作品、ぜひとも読ませていただきたいです。

 

赤松 それとね、『女童』を最後にして、性と暴力の話やみんなが落ち込むような話はやめたい。貧困とは向き合いたいと思いますね。『ボダ子』『女童』ほどではなく、心の病とも向き合いたいと思う。そういう人いっぱいいますもんね、いま。そのアンチテーゼとして昭和を書きたいね。

 

ーーこれからの作品にも期待しています。今日は『女童』のお話を通じて、赤松さんご自身のことや今後のご執筆などについてお話を伺わせていただき、ありがとうございました。

 

『女童(めのわらわ)』光文社(本体1,450円+税)
赤松 利市/著

 

【あらすじ】ヒステリックな母親がもたらすストレスは、大西恵子の精神を蝕んだ。苦痛から逃れるため薬物摂取に至り、彼女は壊れるばかり。父親の浩平は娘のために決意した。「どっかに逃げよう」。十五歳の恵子は父と共に神戸へ。慈愛に満ちた日々が心を癒す。平穏な生活の合間、完治を期して訪れたクリニック。だが、そこで暴かれる本音と醜悪な思惑が幸福な生活に影を落とす。話題の著者が描く、愛への飢餓と陰惨に満ちた人間ドラマ!

赤松利市(あかまつ・りいち)
1956年、香川県生まれ。2018年に「藻屑蟹」で第1回大藪春彦新人賞を受賞しデビュー。著書に『鯖』『らんちう』『藻屑蟹』『ボダ子』『純子』『犬』がある。

小説宝石

小説宝石 最新刊
伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本が好き!」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。
【定期購読のお申し込みは↓】
http://kobunsha-shop.com/shop/item_detail?category_id=102942&item_id=357939
関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を