ryomiyagi
2020/01/18
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2020/01/18
『キッドの運命』集英社
中島京子/著
ゆっくり記憶を失っていく認知症の父親と家族の10年間を描いた連作短編集『長いお別れ』が中央公論文芸賞と日本医療小説大賞を受賞し、世の本読みたちの耳目を集めた直木賞作家の中島京子さん。ほかにも、昭和初期を舞台に描いた直木賞受賞作品『小さいおうち』、江戸時代初期の女性城主清心尼(せいしんに)を描いた『かたづの!』など、作品ごとに全く新しい世界を見せてくれるのが特徴です。
新作『キッドの運命』は中島さんが初めて書いた近未来小説です。
「もともと文芸誌で30年後の未来を書くというテーマをいただいて書いたのが表題作。依頼されたのが2017年でしたので、2047年を舞台に書いたのですが、ちょうどそのころ、2045年に人工知能が人間の知性を超えるというようなことを言い出していました。それとは別に、2011年にロボットを作っているおじいさんの話を別のWEB文芸誌に書いていまして……。この小説は福島第一原子力発電所の事故が衝撃で、そんな恐ろしいことが起こってしまったんだ、もう一度起こったらこの国はなくなってしまうのではないか、と思って書いた掌編です。この2つが合体して、愛国心が強いおじいさんが出てくる表題作を思い付きました」
「キッドの運命」は浜松でNipponjinというロボットを作る老人のもとに、海からドーニーという乗り物を操縦した女がやってきて……という話。近未来を描いているのだろうと思って読み進めていくと、ギョッとすることになります。
「私は根が古いモノが好きなので志向が過去を向いていて、これまでそういう小説ばかり書いてきました。いっぽうで、すでに私たちの日常にはびっくりするような変化がたくさん起こっているという思いがありました」
「『種の名前』という作品は遺伝子組み換え作物に力を入れている種会社のことが頭にありました。わが国では種子法が廃止されたので、このままいくと巨大企業が種を独占するかもしれない、と。『赤ちゃん泥棒』は男性が人工子宮を移植して妊娠する話ですが、これも技術的には可能になると聞いています。そんな最先端の変化が、私たちの日常の中で起こっている。でも、私たちの気持ちがついていかない……。私が今まで書いてきた小説の書き方では捉えられない劇的な変化が現実的に起こっていると思っていて、それを今までやっていない書き方で書いてみたかったのです」
中島さんが説明するように、完全に空想の世界だけを描いた作品は一つもありません。遺伝子情報から絶滅した種を復活させるとか、2度の原発事故で日本が消滅したとか……描かれるのは、いずれも現代と地続きの世界です。
「日ごろ、私が覚える違和感、近くにあるのに実態がよくわからなくて感じる怖さなどを種にして、そこからどんなものが生まれるのか楽しみながら書きました。舞台は近未来ですが、私のなかでは“地に足をつけたリアリズムの現代小説”という感じです」
でも、読者に警鐘を鳴らすつもりはない―。中島さんは続けます。
「ただ、最先端の技術について考えるべきことはたくさんあると思っています。いろんなことが急激に変わろうとしていて、新しいものが次から次へと押し寄せてくるとき、私たちはどうすればいいのか考えざるをえないのではないでしょうか」
ページをめくるごとに広がる中島ワールドに浸りつつ、ただならぬストーリーに度肝を抜かれっぱなしの一冊です。
おすすめの1冊
『実は猫よりすごく賢い鳥の頭脳』エクスナレッジ
ネイサン・エメリー/ 著 渡辺 智/ 訳
「近年、本能しかないと思われていた鳥にも洗練された知能や柔軟な問題解決能力があることが明らかになっている。そんな鳥たちの驚くべき能力を写真とイラストで紹介。すごく面白かった。とてもお勧めする一冊」
PROFILE
なかじま・きょうこ◎’64 年東京生まれ。’03 年『FUTON』で小説家としてデビューする。’10年『小さいおうち』で第143回直木三十五賞、’14年『妻が椎茸だったころ』で第42回泉鏡花文学賞、’15年『かたづの!』で第3回河合隼雄物語賞、第4回歴史時代作家クラブ賞作品賞、第28回柴田錬三郎賞、同年『長いお別れ』で第10回中央公論文芸賞、第5回日本医療小説大賞を受賞。
聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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