バッタに人生をかけた若き昆虫学者の奮闘記
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ryomiyagi

2020/05/26

イラスト:寺西晃

 

子ども時代、かくれんぼで鬼から隠れようと小走りするだけで息が切れていた肥満児の著者が、昆虫学者を目指したのは小学生のとき。『ファーブル昆虫記』を読んだのがきっかけだった。自ら工夫して編み出した実験で昆虫の謎を解いていくファーブルがヒーローに見えたのだ。

 

虫を愛し、虫に愛される昆虫学者になりたいと夢見た少年はやがて、博士号まで取得するが、大切なことを忘れていた。大人は生きていくためにお金を稼がなくてはならない。バッタを観察している人に誰がお金を払うだろう。ということで、著者は31歳の時にフィールドワーク研究のためアフリカのモーリタニアへ旅立つ。

 

当時、モーリタニアに住んでいる日本人は13人だけ。英語は通じない、公用語のアラビア語はさっぱりできない、フランス語能力は挨拶程度。そのうえ、著者は14年間のバッタ研究でバッタアレルギーを発症してしまった。著者も不安だったろうけれど、読者も今後の展開が心配になってくる。その期待に応えるかのように、アフリカの大自然の中で虫を観察する著者をこれでもかとトラブルが襲う。さらには、モーリタニアまで来たのに、異常気象でバッタがどこにも見つからない始末。

 

アフリカは1987年、88年にサバクトビバッタの大発生が起こり、壊滅的な被害をうけた。ドイツは研究プロジェクトを発足し、モーリタニアに研究チームを派遣。ところがバッタの大発生はすぐに収束し、研究者たちは手ぶらで国へ帰るはめになる。しかし、翌年ふたたびモーリタニアでバッタが大発生。著者は、バッタの大量発生による作物への被害を止めることに人生をかける、かなり変わった昆虫博士だ。

 

著者の目的はバッタの研究なのだけど、食事の場面が楽しそうで、ついついまだ味わったことのない食べ物に想像をふくらませてしまう。ヤギ肉の盛り合わせと肉入りの炊き込みご飯。ピーナッツペーストにトマトを加え煮込んだマッフェ。コンソメと岩塩で味を調えた玉ねぎのソースを丸揚げのチキンにかけたもの。未知なる土地への好奇心で胃まで刺激されるという点では、昆虫記としてだけではなく旅行記としても面白い。著者の情熱と実行力(なにより忍耐力)には圧倒されるほどで、自分にはこんな真似はできないけれど、追体験できるのは本の神髄だろう。

 

『バッタを倒しにアフリカへ』は、光文社新書から2017年5月に発売され、2018年に新書大賞、第71回毎日出版文化賞特別賞などを受賞しているベストセラーだ。児童書版となる本書は、新書版の内容に新たなエピソードを追加。小学生でも読みやすいよう、漢字には総ルビがふられた。オールカラーの写真と迫力満点のイラストも魅力的で、大人でも十二分に楽しめる内容となっている。

 

イラスト:前野ウルド浩太郎・前野拓郎

 

バッタというマイナーなテーマにもかかわらず、知的好奇心に引っ張られるようにして、こちらも一緒に冒険をしているような胸躍る読書体験が味わえる。アフリカ旅行のお手本にはならないが、最初から最後まで新発見の多い一冊だった。

 

ウルド昆虫記 バッタを倒しにアフリカへ 』光文社
前野ウルド浩太郎/著

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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