2020/05/19
竹内敦 さわや書店フェザン店 店長
『旅のつばくろ』新潮社
沢木耕太郎/著
沢木耕太郎がときにアテもなく、ときに突発的に国内をひとり旅したエッセイ。JR東日本が発行する新幹線車内サービス誌「トランヴェール」で連載中。移動は電車やバスまれにタクシーで、東北・北陸・北海道の話が多い。北日本に暮らす自分には馴染み深い土地が多くて嬉しかった。
旅先での偶然の出会い、その土地からの着想や思い出がじんわり沁みる。大人の旅だ。それでいて旅特有の胸踊るワクワク感がよみがえる。今は旅行できないけれど、気分は満喫。どこか遠くへ行きたくなる。ある意味自粛時代には危険な本とも言える。もちろんいい意味で。
沢木耕太郎といえば「深夜特急」にのめり込んだ。とにかく面白かった。かなり前に読んでけっこう忘れてるけれど、熱く心を動かされたのは覚えている。
若い時分の旅は無謀で行き当たりばったりだった。夏に18切符で奥羽本線を往復したときは、夜に窓という窓から蛾の大群が入ってきてパニックになった。よし、今からフェリー乗ろう、と向かった突発的な北海道旅行では激しい風雨でテントが水浸しになってしまい往生した。キャンプ場のおじさんがコテージを無料で貸してくれたのは大変ありがたかった。この時以来、北海道の人はいい人ばかりだと信じている。
著者も若いときの旅と大人になってからの旅は感受性が違うだろう。「深夜特急」当時の読後感とは異なるが、落ち着きが出た大人らしい印象だ。こちらも同じように年齢を重ねているから、具合がちょうどいい。滋味にあふれて味わい深い。こんな大人な、少しやんちゃな大人な旅をしてみたい。
函館の夜、居酒屋が満席で何軒かたらいまわしにされたエピソードがある。「空いている席を求めて店を転々とすることに妙な面白さを覚え、むしろ浮き浮きしながら教えられた店に」向かい、結果豪勢なサービスを受け大満足の夕食になった。
自分なら疲れてぶつけどころのない憤りを抱えながら、評判の悪い空いてる店での不味い料理に後悔したりしたかもしれない。
著者は「旅運」がいい方だと言う。「旅先で予期しないことが起きたとき、むしろ楽しむことができるから」と言う。「面白がる精神」が必要なのだと。
あまり親しみを感じていなかった軽井沢で、電車で乗り合わせた老婦人のすすめるままに途中下車してみたら、奇跡のような絶景に出会う。
「偶然というものに柔らかく反応することのできた私への、旅の神様からのプレゼントだったのかもしれない」と。
人生を旅になぞらえることもよくある。とすれば、これは人生に対する至言ではないか。
『旅のつばくろ』新潮社
沢木耕太郎/著