akane
2019/06/03
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2019/06/03
私の研究室では、「昆虫食」の研究を行っています。中でも日本特有の歴史ある昆虫食であるイナゴを、現在の科学的視点から見つめ直し、おいしさ、健康増進、完全養殖化に関する基礎的知見を集積しています。
2018年、中国の武漢で「第2回国際昆虫食会議」が行われ、参加してきました。2014年にオランダのワーゲニンゲンで第1回が行われて以来の開催で、昆虫食の生産、加工、流通、政策、ビジネス、マーケティング、倫理、健康、消費者意識など、多岐にわたるテーマを網羅した充実ぶりでした。昆虫食会議は、他の学会等と比べて“ギラギラした”雰囲気が漂っており、昆虫食ビジネスが本格的に伸びていく未来を肌で感じました。
先進国の多くで昆虫食が注目を集めるようになったのは、2013年、国際連合食糧農業機関(FAO)が、将来不足することが予想される畜産物などの動物性タンパク質の代替食品として「昆虫」を推奨したことがきっかけでした。
FAOが昆虫を推奨する理由には、すでに世界中で1900種以上の昆虫が伝統的に食べられていること、飼料転換効率(食べる量に対して自分の体重が増える比率)が高いこと、報告されている昆虫の多くが高タンパク質であることなどが挙げられています。会議上での熱気を浴びると、FAOの報告によって世の中の人たちは、「昆虫食が、世界の食料問題の答えになる」と気づいてしまったような感覚になりました。
日本のニュース等で見る昆虫食は、センセーショナルな見出しや新規食料資源的な視点によるものが多く、食材としての特徴、調理法、食べ方などについての視点は少ないと感じます。私の昆虫食研究のゴールのひとつは「昆虫食の普通化」、すなわち食材の選択肢のひとつとして昆虫を扱えるようにすることですが、たとえばイナゴは、佃煮などへの利用に限定されている傾向があります。
一方、海外では昆虫食に関して先行している部分が多く、昆虫を通常の食材として扱った一般の人向けの料理本がたくさん出版されています。たとえば、前述したノルディック・フード・ラボによる昆虫レシピ本『On Eating Insects』では、昆虫を食べることの文化的、政治的、生態学的な意義と、テイスティングノート(実際に食べた感想)やレシピが、美しい写真とともに掲載されています。アート性も高い昆虫料理本で、部屋に飾りたくなるようなデザインです。
ある食材を人々に浸透させるには、人の感性に訴えながら、その国の食文化にしっかり根ざした料理にその食材を使っていくというのが、効果的な方法のひとつでしょう。その意味で、多くの人の目に止まりやすい料理レシピの役割は重要です。
前述したノーマが、2015年に日本で期間限定店を開店するまでの日々を追ったドキュメンタリー映画があります。タイトルは、『Ants on a shrimp(日本語タイトル:ノーマ東京)』というもので、コース料理に提供された、ボタンエビに長野県産のアリをトッピングした料理(料理名:“長野の森香る海老”)にちなんでいます。映画の中で、ノーマのシェフたちが、食材探しに日本各地を訪れた際に、地面を這うアリをつまんで味見しているシーンがあります。
アリには、アリ特有の成分、“アリの酸”と書く「蟻酸」が含まれています。蟻酸は、刺激性のある独特のにおいがするため、いってみれば、他の食材には代えがたい“薬味”のような役割を果たすことができます。昆虫食は、未来の食料源という視点だけでなく、新たな食経験を生み出す新たな食材という視点でも、注目される可能性があります。
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