akane
2019/05/27
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2019/05/27
前回のコラムでは、「少人数の集団で進化してきた人類の脳は、数百万人を超える集団をまとめる民主主義の政治にまだ適応しきれていないのです」という、人間の本能と政治との関係を分析した本を出版して米メディアで注目されていたジャーナリスト、リック・シェンクマン氏の話を紹介しました。今回のコラムでは、科学が示す事実と私たちの直感について思いを巡らせていきます。
『ルポ 人は科学が苦手』(光文社新書)を上梓した三井誠さんは2018年3月、ペンシルバニア州立大学のリチャード・アレイ教授がワシントンの全米科学アカデミーで行った講演を聞いた時、「私たちの脳は科学にまだ適応できていないかも」という思いを強くしたそうです。
気候変動が専門のアレイ教授は、科学的になりきれない人の心について積極的に発言しています。
アレイ教授は講演で、エール大学の心理学者ポール・ブルーム博士らが2007年に米科学誌サイエンスに発表した論文をもとに、人の心が科学を拒む背景を説明しました。
論文のタイトルは「大人の科学への抵抗は、子ども時代に起源がある」――。論文はこう説きます。
子どもはまず直感で世界をとらえます。直感で世界をとらえれば、地球は平らですし、イヌの子はイヌに育ち、生物は進化しません。
科学が明らかにする世界が直感に反するのは世界共通のことだといいます。
科学的な実験や観察で裏付けられる事実は、私たちの直感では見えてこないことが多いのです。
そうした直感が直されるのは、その後の教育のおかげです。子どもが実際に「地球が平ら」かどうかを調べるわけではなく、信頼できる学校の先生や親から「地球は丸い」ことを教えられ、科学が示す世界を受け入れていきます。異なる考え方を教えられたら、信頼できる人から教えられたほうを選ぶのです。
例えば、学校で進化論を教えられても、親からは進化論ではなく神が私たちを創ったとする「創造論」を教えられる場合を考えてみましょう。最も身近で信頼できる親が言っていて、さらに「イヌの子はイヌで進化しない」という考え方は、直感にうまく合っているものです。
「直感に合う」「信頼ある人から教えられる」という2つの要素がそろえば、子どものころに抱いた科学と食い違う考えは、大人になってもそのまま保たれます。科学への反発や反感という大げさなレベルではなく、自然の成り行きとして科学的でない考え方が身についていくのです。
そう考えると、米国社会で創造論が一定の支持を集め続けているのも、不思議ではなく当然のことのように思えます。
米国で進化論を支持する人は国民全体の約2割に過ぎません。創造論を支持する多くの親は、子どもに進化論を教えないでしょう。「進化論はでっちあげ」と教える親もいるほどです。そんな「教育」が続き、進化論への支持は少数派のままになっているのかもしれません。
地球温暖化も同じように直感ではうまく理解できない問題です。
例えば、信頼する人が「地球温暖化はでっちあげ」と教えれば、そんな主張にたやすく影響されてしまうかもしれません。
目に見えず匂いもしない二酸化炭素は、そもそも存在を実感することはできません。ですから、「二酸化炭素が地球の気候を変えているから、あなたは生活スタイルを変えなければいけない」と言われたとしても、すぐに「そうですね」とは思えないでしょう。
「私たちはちっぽけで地球は大きい。私たちが出す気体が気候を変える可能性があるとは思えない」――。アレイ教授はこんな主張をする多くの人にこれまで悩まされてきたといいます。「私たちの心はだまされやすく、直感的な考えが脳に深く埋め込まれてしまっている」とアレイ教授は話しました。
地球の歴史が46億年に及ぶことも、直感的には理解することができません。聖書の解釈によれば、世界の歴史は6000年になるそうです。アレイ教授が過去の気候を調べるために約11万年前までさかのぼる氷の層を分析していた時、ある学生がこう異議を唱えたそうです。
「あなたは聖書が示すよりも長い地球の歴史を主張している。不道徳なうそつきだ」
※本稿は、三井誠『ルポ 人は科学が苦手』(光文社新書)の内容の一部を再編集したものです。
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