量子論的ホラー『ヒカリ』著者新刊エッセイ 花村萬月
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ryomiyagi

2020/07/03

三、四年前から量子論の勉強をはじめた。きっかけは取材対象者の超能力だった。治癒や透視など、信じ難いことの連続だった。フィラメントの白熱電球はワット数が高すぎて無理だけれど、LEDなら光らせることができますとその方は言い、私が眠りにつくころに悪戯する。

 

遠く離れた私の家の枕許のLEDライトが明滅するのだ。どのような仕掛けがあるのか判然としないが寝入りばなを邪魔されるので苛立ち、コンセントからライトのプラグを抜いてしまった。ところがーー明滅するのだ。呆然として、笑いだしてしまった。もう勘弁してくれと泣きを入れた。

 

その方は電話などにも悪戯できる。どうも微弱な電流を自在に操れるらしい。当人も超能力者であるなどとは欠片も思っておらず、自身を『よい宇宙人』と称していた。

 

その方のなし得る超越に電子や光子、量子が関与していると直覚し、量子論の深海に潜りはじめた。量子力学を理解できたと思っているならば、それは量子力学を理解できていない証拠だーーとファインマンが言うとおり、そのときはわかったつもりになっても、書物を閉じれば私の内面には圧倒的な真空が拡がるばかり。それでも還暦を過ぎてから、私は量子論のおかげで精神の変容を得た。価値観の激烈な転換をみた。

 

ホラー映画が大好きだ。それもB、C級がたまらない。深夜、ケーブルテレビにめり込まんばかりに接近し、婬している。ホラーは非論理(と解釈されるような不条理)に充ちている。それは量子の振る舞いの相似形だ。現実がマクロならば、ホラーはミクロだ。私の内面で量子とホラーが溶けた。

 

〈ヒカリ〉は相当な情報量を詰め込んだ作品だ。けれどじつに面白く、しかつめらしいところが一切ないのがすばらしい(自分で言うかね)。量子とホラーに対するオマージュあふれるこの作品を読むのは貴方の義務です。

 

『ヒカリ』
花村萬月 / 著

 

【あらすじ】
那覇で占い屋を営む崎島乙郎の運命は超常的な力を宿す美少女・ヒカリとの出会いで一変。突如現れた人ならざるもの・マリンコーの大殺戮により世界は荒廃した。極限状態の果て、世界の鍵を握るのはヒカリのみ。無比の想像力が生んだ量子論的ホラー!

 

【PROFILE】
はなむら・まんげつ 1955年東京都生まれ。’98年『皆月』で吉川英治文学新人賞、同年『ゲルマニウムの夜』で芥川賞、2017年『日蝕えつきる』で柴田錬三郎賞を受賞。『心中旅行』『帝国』他著書多数。

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