読まないで終わらせるのはもったいない、素晴らしい古典の名作戯曲
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ryomiyagi

2020/07/08

 

舞台からミュージカル、映画まで、永遠に愛される物語

 

今年もまた、シェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」は形を変えて世に出てきます。イギリス・バレエ界の鬼才マシュー・ボーンの演出・振付によるコンテンポラリー・バレエの舞台が大ヒットし、それがそのまま映画化され、日本でも上映中です。そして、この晩夏には宝塚歌劇団星組によってロミオとジュリエットが演じられる予定となっています。(注:新型コロナウイルスの影響により宝塚の公演は中止を発表)中高生の演劇部の発表会や文化祭での上演を含めると、このロミオとジュリエットは数え切れないほど、この日本で演じられることになるでしょう。

 

また、その舞台となったイタリアのヴェローナには、世界中から観光客が押し寄せています。もちろん今はコロナウィルスで中断されていると思いますが、収束に向かえばまた増えるでしょう。それだけ世界で愛されているのです。

 

なぜそこまで愛されているのでしょうか? 数多くのラブストーリーが小説や映画として世に出されていますが、この「ロミオとジュリエット」がそのすべてのもととなっていると言っても言い過ぎではありません。
1957年に初演を迎えたミュージカル「ウェスト・サイド・ストーリー」は「ロミオとジュリエット」に着想を得たということを隠していないですし、今なお世界の舞台で演出家と役者を変えて講演しています。

 

最近、ネットフリックスでヒットしている韓国ドラマ「愛の不時着」は北朝鮮兵士と韓国女性の禁断の愛を描いた現代版ロミジュリとの評判で、いままさに、人気を博しています。

 

多くの人は、そんな旧くから愛され、語り継がれてきた物語と聞くと、小説を思い浮かべると思います。もちろん、それはある意味正しいですが、名作として定着した物語の中には、戯曲が多く含まれています。むしろ古典に限って言えば、小説よりも戯曲の方が多いと言えます。

 

 

演劇のための台本に、新たな命を吹き込む

 

文字が使われるようになるはるか前、人間が話すようになった時から物語は紡ぎ出されていました。洞窟の壁画に描かれている狩りの風景や、想像上の動物の絵などが、物語を紡ぐことの始まりと言えるでしょう。

 

それ以降、人は、自らの経験や感情を一対多の口伝えで、あるいは多対多のパフォーマンスによって伝えてきました。
やがて文字が使われるようになると前者は民話や詩、そして小説として、後者は戯曲として書き残されてきました。さらには印刷技術の助けを得て、その優れた小説や戯曲などは時を超えて、発表された時代を問わず、世界には永く愛されてきました。

 

文字に起こした小説などがそのまま聞くように読めるのに対して、戯曲はあくまでも演劇のための台本です。演者を通して伝えることを前提とした形式であり、演劇になることによってはじめてその物語に命が吹き込まれます。

 

どれほどすぐれた戯曲であっても、現代語に訳されていても、その形のままでは、その良さを戯曲のままで実感するのは難しいものです。まるで建築物の設計図から、その完成形を空想しろと言われているようなものなのです。

 

もちろんその空想の余地というものには他にはない大きな魅力があります。演出家や役者は、その虜(とりこ)になった人たちだと言えます。また、その完成形には圧倒的な力があり、観る者の心を震わせます。

 

実際、私も演劇に魅せられた大勢のうちのひとりであり、何度も演劇に心を震わせた経験があります。

 

近代以降であれば、演劇は、新しく登場した映画やドラマといった形態にも流れ、戯曲の完成形を楽しむようになりました。

 

いずれにしても観るという行為は、演出家の解釈と演者の演技を通して、物語を共有する必要があります。

 

シェイクスピア。チェーホフ。近松門左衛門。

 

どの作者も永い間、愛されてきた理由があるすばらしい作家であるのに、作品が戯曲であるため、観る人だけのものになってしまっている。これは実にもったいないと、私は思ったのです。

 

そこで考えたのが、演出家の代わりを小説家が担ってはどうかというアイデアです。現代の言葉を使い、紙の上で登場人物を動かし、また、情景や空気感を描く、小説という形式を借りることで、登場人物は、物語の中で生き生きと甦り、色を放ちます。戯曲という形式では届かなかったところへも、その感動を運ぼうというわけです。

 

このような意図を持って「小説で読む名作戯曲」シリーズを企画し、立ち上げました。ぜひ多くの方々に名作を読んでいただきたいと思っています。

 

1作目にはチェーホフの「桜の園」、2作目の作品にはシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」、3作目には、近松門左衛門の「曽根崎心中」を選びました。 それぞれの時代性や独創性、そこに横たわる人類普遍の真理に触れ、泣き、笑い、憤り、怯え、感情を揺らし、生きていることの喜びを実感してもらいたいと心から願っています。

 

「ロミオとジュリエット」に関しては、思い入れも強いこともあり、私自身が小説化をしました。

 

期間限定ですが、光文社の「小説で読む名作戯曲」のサイトへ行けば、前半は無料で読めるので、まずはそこだけでも読んでみてはいかがですか?
きっと中世のイタリアの世界に入り込めると思います。  

 

 

鬼塚忠(おにつか・ただし)
作家。初の小説『Little DJ 小さな恋の物語』(ポプラ社)がベストセラーになり、映画化される。『海峡を渡るバイオリン』(共著)『カルテット!』『恋文讃歌』(すベて河出書房新社)など、数々のヒット作を生み出している。特に『花戦さ』(KADOKAWA)は映画化され、第41回日本アカデミー賞優秀作品賞などを受賞し話題になった。過去の偉人が現代に蘇る講義形式の劇団「もしも」を主宰するなど、エンターテインメント業界で幅広く活躍している。

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この記事の書籍

ロミオとジュリエット

ロミオとジュリエット小説で読む名作戯曲

原作:ウィリアム・シェイクスピア / 小説:鬼塚忠

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ロミオとジュリエット小説で読む名作戯曲

原作:ウィリアム・シェイクスピア / 小説:鬼塚忠