まさに待ち遠しかった本屋大賞受賞後の最新刊|瀬尾まいこさん『夜明けのすべて』
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ryomiyagi

2021/01/23

(C)文藝春秋

 

『そして、バトンは渡された』が2019年本屋大賞を受賞した瀬尾まいこさん。受賞後第一作は、友情も恋も感じていない20代の男女の成長を描いた長編小説です。瀬尾さんは「明日が待ち遠しいという気持ちになっていただけるならうれしいです」と、新作に込めた思いを語ります。

 

しんどいことが多い人生。小説が明日を待ち遠しいと思える理由の1つであれたら

 

夜明けのすべて
水鈴社

 

 累計発行部数が74万部超えの大ヒット、今年の秋公開予定で、石原さとみ主演で映画化もされる『そして、バトンは渡された』。瀬尾まいこさんの世界にハマる人はとどまるところを知りません。

 

 そんな瀬尾さんの本屋大賞受賞後第一作『夜明けのすべて』は、PMS(月経前症候群)が重くイライラが抑えられない28歳の美紗と、パニック障害のため生きがいも気力も失った25歳の山添君の2人が主人公の長編小説です。

 

 美紗も山添君も大手企業で働いていたのですが、美紗はPMSのため感情のコントロールが利かずいづらくなり退職。仕事もプライベートも充実していた山添君は、突然パニック障害になって退職。そんな2人は小さな会社・栗田金属の先輩後輩です。美紗は病気のことをオープンにして再就職したのですが、同じ転職組の山添君は何をするにもやる気がないように見えていました。ある日、山添君が倒れ、美紗は彼がパニック障害だと知り“自分の病気は治せなくても、相手を助けることはできるかも”と思うようになり……。

 

 いずれもすぐに生死にかかわる病気ではありませんが、生活の質を著しく低下させるため本人の苦しさや絶望は筆舌に尽くしがたいといわれます。

 

「’18 年の夏、中華料理店で塩ラーメンとチャーハンを食べていて突然、気分が悪くなったと思ったら意識が遠のいて、そのまま救急病院に運ばれました。ところがどこにも異常はなく、パニック障害だと診断されまして……。自分はのんきで楽天的だと思っていたので驚きました。パニック障害とわかってからは楽しみという感情がなくなり、楽しいはずの予定も不安と恐怖に変わってしまったんです」

 

 本屋大賞を受賞したのは、パニック障害とわかって1年もたたないころのことだったのです。

 

「人前に出たら発作が起こると思っていたのに、授賞式でも書店巡りやサイン会でも起こらなかった。書店員さんをはじめ多くの方に“この本を読めてよかった”と言っていただけたことが支えになりました。そのころ“中学校で働いていたときと比べて、今の自分は何をやっているのだ”と思っていたのですが、目の前の人でなくても応援できると気づかされました」

 

 山添君がパニック障害なのは瀬尾さん自身がそうだったから。ですが、瀬尾さんは少し戸惑いながら続けます。

 

「パニック障害を広めたいなんて気持ちは全然ありません。PMSも周囲に苦しんでいる人が多かったからで、あまり強いメッセージはないんです。おこがましいというか……。自己主張は苦手ですが、楽しいねとかよかったねなどというような感動を人に伝えることは大事だと思っていますし、私はそういう小さなことも言いたいと思うのです。藤沢さんが山添君にあれこれとおせっかいを焼くのもそんな感じかもしれません。人生は想像以上に厳しいし、突然、しんどいことが起こったりします。そんなとき、この小説を読んで明日が待ち遠しいと思っていただけるならうれしいですね」

 

 思うに任せぬ人生だけど、絶望したり諦観したりせず、しっかり前を見て生きていく――。そんな登場人物たちが、とにかくものすごくいいのです。病気の先入観に惑わされず、すべての人に読んでいただきたい作品。読後、外の景色が違って見え、心が弾みます。

 

PROFILE
せお・まいこ◎’74年、大阪府生まれ。大谷女子大学国文科卒。’01年、「卵の緒」で第7回坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年単行本『卵の緒』で作家デビュー。’05年『幸福な食卓』で第26回吉川英治文学新人賞、’08年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、’19年『そして、バトンは渡された』で2019年本屋大賞を受賞。

 

聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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