JAXAの月研究者が語る「“見つからなかった”という発見」!未知への挑戦「セレーネ計画」
ピックアップ

ryomiyagi

2021/01/25

人類初の人工衛星、宇宙飛行に月面着陸……20世紀は人類が宇宙への進出を始め、冷戦により宇宙開発競争が活発に行われた時代でした。そして21世紀の現在、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の春山純一助教は、この世紀が「人類が再び宇宙を目指した時代」として歴史に刻まれるだろうと言います。中国、インド、アメリカ、イスラエル、韓国、そして日本など各国が月を目指した宇宙開発を進める今、私たちはどのような宇宙の世紀を創り出していくことになるのか。『人類はふたたび月を目指す』では、春山助教が今までの宇宙開発を振り返りながらその展望を語ります。 

 

人類初!月の未知を明らかにした「セレーネ計画」

 

現在、月探査は宇宙開発の中でも最も注目されている分野の一つです。月の極域にある、太陽の光が一切当たらない「永久影」という部分に水があるかもしれない。そんな仮説に脚光が当たったことで、アポロ計画終了後は下火になっていた月探査は21世紀に入ってから、中国、インドの月探査機打ち上げ、アメリカの「アルテミス計画」の発表などのように各国が注力する分野となりました。
そんな中、日本は早くも1998年にアポロ計画以来初となる大型の月探査計画に乗り出しています。それが、「かぐや」の愛称で親しまれる月周回衛星を打ち上げた「セレーネ計画」です。
本作の著者・春山純一助教は、プロジェクトに立ち上げから関わり、ある発見を成し遂げました。春山助教が開発に携わっていた地形撮影カメラが、水の存在が期待される月の永久影の内部を捉えたのです。

 

永久影は、光が当たらないのでカメラで撮影しても真っ暗で、普通はその内部を見ることが出来ない未知の部分です。しかし春山助教は、永久影がある極域のクレーターの壁上部にわずかでも光が当たる部分があれば、その壁からの反射光が内部を照らすはずだと考え、高感度の地形カメラを開発しそれにより撮影することを試みました。そしてプロジェクト発足から9年後の2007年、ついに成功したのです。その時のことを春山助教は次のように話します。

 

「ちょっと運用室に来てください。面白いものが見えたんですけれど」
その言葉に何か特別なものを感じて、私は急いで運用室に行きました。すると、なんとパソコンのモニターにシャックルトンクレーターの内部がきれいに映し出されていたのです。

 

ジャンクルトンクレーターの内部俯瞰図。太陽の光に直接は照らされないが、ちょうどうまく壁からの反射光で照らされたとき、高感度の「セレーネ」搭載地形カメラがとらえた(C)JAXA/SELENE

 

この画像に出会った日、私は何時間もこれを見続けました。まったく飽きませんでした。月の科学者、特に極に興味がある科学者ならば、誰でも一度は耳にする「シャックルトンクレーター」。その中の永久影には、もしかしたら人類の未来を変える水氷があるかもしれない。「私は今その中を見ているんだ」と思うと、心の震えが止まりませんでした。これまでの長くつらかった機器開発の日々が一挙に報われた気がしました。

 

月に水があるとなれば、それを飲み水や燃料として活用することが出来るでしょう。そうなれば一気に宇宙開発をすすめるブレイクスルーになるかもしれない。月の水があるかもしれない永久影の内部が明らかになる事は、そんな可能性を広げる大きな発見だったのです。

 

新発見発表の舞台裏

 

長い年月を経て月の永久影の撮影を成し遂げた春山助教たちでしたが、その後も多くの困難が待ち受けていました。
科学の世界では、歴史的な新発見をしてもその発見についての論文を書き、国際的な科学論文雑誌に掲載されなければ功績が認められません。春山助教らは急いで論文に撮影結果をまとめ科学論文雑誌に投稿しましたが、掲載拒否となってしまいます。解析が終わっていない永久影の水氷の存否について言及を避けたことが原因でした。

 

その後春山助教らは数か月にわたり画像の解析を行いますが、その間、永久影内部の様子明らかにしたことは世に出せないままでいました。詳細を知らない研究者の中には「地形カメラのデータなど、アポロ計画で得られたデータとたいして違わないはずだ」などと過小評価する人もいたそう。そんな声に悶々とした思いを抱えていたところ、月科学や惑星科学では最大の国際学会に参加する機会が訪れます。撮影した画像を公開するには絶好の機会です。一方で、論文として世に出ていない情報を公開していいのかという迷いもありました。

 

その学会の当日朝になっても、春山助教は心を決めかねていました。すると春山助教は、月の永久影に水氷があるという説を唱えた大物研究者を会場に見かけ、相談しようと声を掛けます。ところが春山助教の挨拶が終わるか終わらないかのうちにその研究者は自身の研究の話を一方的に始め、最後には春山助教がいないかのように他の人と話し始めてしまいました。まるで日本の研究になど興味はないという対応にカチンときた春山助教は、「俺の発表に驚くなよ」と意を決し席を立ちます。

 

発表で私は、カメラの性能の紹介から始め、当たり障りのないデータを見せ、シャックルトンクレーターの周りで日照率が高い場所がいくつか抽出されたことなどを話していきました。そして、発表も終わりというところで、「Summary(まとめ)」と題したスライドを出しました。まずシャックルトンクレーターの中が真っ暗な写真を出し、これまでの話のまとめを簡単にして、それから一呼吸入れて、「最後ですが、もう一点」と言って会場を見渡してから、シャックルトンクレーターがゆっくり上から中が見えるように変化する画像 を見せました。最後には永久影の全容が現れました。
中身が見えた後、すぐにスライドを元の真っ黒なシャックルトンクレーターの画像に戻し、「We have got it!(私たちはやりました!)」と言って締めくくりました。そのとき、会場が騒然となったように感じたのを覚えています。

 

シャンクルトンクレーターの内部にある永久影。左が通常データ、右がエンハンス処理されたデータ (C)JAXA/SELENE

 

月に水はあるのか

 

学会での劇的な発表の後、春山助教らは解析を進め、論文を完成させます。けれども、そこでたどり着いた結論は初めてクレーターの内部を見た時に抱いた希望とは違うものになりました。

 

クレーターの壁の反射率を仮定すると、カメラが観測した光量から底の反射率を推定できます。シャックルトンクレーターの内部は、非常にきれいな逆円錐台形をしていて、クレーターの底の中央の反射率を解析的に求めることが出来ます。そうして求めたところ、どう見積もっても、水氷が数パーセント以上もあるような反射率はありませんでした。

 

シャンクルトンクレーターの三次元データ。美しい逆円錐台形(C)JAXA/SELENE

 

解析によって分かったクレーターの永久影内部の温度はおよそ摂氏マイナス170度以下。これほどの低温であれば水氷が永久影内にとどまっていてもおかしくないのになぜ氷が張っていないのか。謎は残りましたが、春山助教らは「シャックルトンクレーターの内部は非常に低温だが、水氷は数パーセント以下、あるいはまったくない。小さな隕石衝突によって表面がかき混ぜられて、地下に堆積しているだけかもしれない」という結論に至りました。
月の極に水を発見「できなかった」というと、成果が得られなかったかのように聞こえるかもしれません。しかし、春山助教は次のように言います。

 

「できなかった」というより、「永久影の底に露出している水はa few(1〜2)パーセントも見つからなかった」という「発見」だったのです。

 

実際、この「発見」によって月の水探しの対象は、極域から月の地下という新たなフィールドに移ることになりました。「セレーネ計画」の観測で新たに明らかになった事実は、確かに未来の月探査につながっています。

 

文/藤沢緑彩

関連記事

この記事の書籍

人類はふたたび月を目指す

人類はふたたび月を目指す

春山純一

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を

この記事の書籍

人類はふたたび月を目指す

人類はふたたび月を目指す

春山純一