幽霊消防団員という “闇” からくり……「酒がタダで飲めて、女性とも遊べる」で勧誘
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BW_machida

2021/06/04

 

消防庁によると、2,017年度は全国の消防団員に報酬・手当として計481億円が支給され、予算の使途が自治体の裁量に任されている地方交付税と地方税収で賄われた。地方税収だけでは、とても賄いきれないのが現状だ。しかし、幽霊団員を利用した架空請求や個人に支給されずに親睦会費などに私的流用されていて、予算が適当に行き渡っているかは閉ざされている。

 

『幽霊消防団員』(光文社新書)という全国各市町村で活動する消防団に潜む闇をレポートした一冊を入手した。著者は、毎日新聞の記者である。
消防団と言えば、地方の市町村部(都市部にも存在する)における自治を担う活動部隊である。火事の初期消火や補助活動はもとより、大雨や台風における避難誘導や遭難者の捜索など、その活動は多岐に渡る。そこに暮らしていれば、いつしか当たり前のように入団を催促されるし、入団すれば喜ばれ、その後の暮らしは否応なしに地域社会の様々な催しと連動していく。
先輩団員は先輩住民であり、地域社会における発言力も小さくないものを持っていたりする。そんな諸先輩方と仲良くやっていければ問題ないが、そうでなくなるとかなりややこしい関係になってしまったりする。さらに家族があれば、その難しい関係は妻子にまで問題を及ぼしたりする。
本書は、全国津々浦々に組織された消防団と言う組織に巣食う問題と、それに伴う地域社会の複雑な人間関係が作り上げる闇の部分を赤裸々にレポートしている。

 

「酒がタダで飲めて、女性とも遊べる」
こうした勧誘文句が、若い男性団員の確保に有効だったという側面があり、団員に欠員が出ても補充できると分団は考えたのかもしれない。入団理由は人それぞれだが、そんな誘い文句で気軽に入団した人も数知れずいる。

 

そんな数知れない消防団員の一人を私は知っている。私の同級生の彼は、地元の大学を出た後に地元農協に就職し、その後地元消防団の団員となった。どのような文言で入団を促されたかは知らないが、老境に差し掛かった今も酒豪を自負する彼は、やはり若い頃から酒が好きだ。基本的に、飲み会の誘いを断ることは無い。さらに、農協職員として地元農家と付き合うには消防団という組織は打ってつけだったのだろう。彼の言葉を借りれば、やはり消防団員として活動していたり、そこでできた人間関係は、新米農協マンとして地元農家のお歴々と信頼関係を育むのにプラスにこそなれマイナスにはならなかったようだ。
そうして彼は、およそ30年を消防団員として過ごした。
その30年間には、様々なことがあったに違いない。しかし、そんな彼の口から出てくる話は、同じ地元に生まれ育った先輩や同級生と過ごす飲み会のことだったり、九州や関西の温泉地に、貸し切りバスで乗り込む慰安旅行の顛末だった。
そんな話を、長く郷里を離れていた私に、面白おかしく語ってくれたものだ。

 

私が聞く限りの彼ら消防団の活動は、地元で起きた火災現場に駆けつけての初期活動や、行方知れずの老人の捜索だ。なかでも、私も知る地元の里山で起きた山火事では、消火活動をするうちに火に巻き込まれそうになったりして、その時味わった恐怖感は一様では無かったと何度も聞かされた。
とはいえ大抵は、駆けつけてみれば消えてしまっていたり、消火活動そのものは消防員に任せて、消防団は交通整理をする程度が実質的な活動で、そんなことより重要なのは、市中の消防団員がごぞって参加する「出初式」だったようだ。
それでも年末には、夜更けの町内を歩いて回っては「火の用心」を呼びかける「夜回り」を行い、平時も定期的に消火栓を見て歩いたりするらしい。
しかし、どの話にも酒はついて回った。お定まりのコースは行きつけのスナックか機庫の2階で、そこに集う面々には彼以外にも何人かの同級生の名前が上がった。年に一度の慰安旅行は九州か関西の温泉地で、観光バスを貸し切り、車中では酒を酌み交わし、宴席にはコンパニオンが現れる豪勢なものだった。
もしかすると、地元の友人の中でも最も仲の良かった彼は、長く地元を離れていた私にだからこそ、面白おかしく話してくれただけなのかもしれない。恐らくは、そんな罪の無い脚色も散りばめられていたのだろう。しかし、そんな彼の消防団に同じく所属する他の同級生たちの顔ぶれを見れば、話のおおよそが事実であることは容易に想像できた。

 

本書は、彼ら消防団員が頻繁に繰り返す飲み会が、分団が管理する個人に支給されるはずの報酬を使って行われている事実が、数多くの消防団や自治体に対して繰り返し取材することでやっと獲得した数字やデータによって明らかにされている。

 

中でも最も気になったのは、本書のタイトルでもある『幽霊消防団員』のくだりだ。
多くの消防団に管理されている各団員の口座には、名簿上の各団員に対して報酬が支払われ、出動や活動に際して出勤した団員(分団が申請した人員)に対しても、その都度報酬が振り込まれている。
本来は個人が管理すべき口座が分団によって管理されていることも問題だが、そこにはすでに消防団に在籍しない幽霊消防団員の口座も管理されたままになっているケースが多いようだ。そうして、管理された団員報酬の一部(?)や、在籍しない幽霊団員に支払われた報酬が、日常的に行われる飲み会や慰安旅行の費用となっているとしたらこれは大変な問題だ。

 

更に問題は、そんな消防団の活動や酒席をコミュニケーションの場とする考え方に疑問をもって退団しようとする者に対して様々な形での嫌がらせが発生していることで、本書には、その辺りの深く根差した闇にも触れている。

 

男性が声を上げたのはそんな思いからだった。男性は被告らのいじめについて、政府の内部告発制度を利用して何度か相談したものの、パワーハラスメントは強まるばかりだった。処分の前段階として、災害活動や訓練の連絡網が男性にだけ送られない、団員に話しかけても無視されるといった行為が繰り返された。(中略)
男性は、
「消防団の不正の問題を改善しようとしていることが疎ましいんでしょう」
と吐き捨てる。自営業者の男性は消防団の活動以外でも、地域との関係は深く、消防団内で不適合者のレッテルを貼られたことで、社会的評価も著しく害したと訴えている。

 

本書に登場するこの男性が、いずこの町に住んでいるかはわからないが、私が生まれ育ったような小さな町で先輩住民たちの反感を買えばどうなるか……。それは孤立無援を意味している。
著者は、消防団の闇を「パンドラの箱」と称している。「パンドラの箱」とは、触れてはいけないものとして、開けたが最後ありとあらゆる穢れが飛び出し、すべて飛び出した後には希望が残っていたとされる伝説の箱である。
果たして消防団の抱える闇の向こうに、希望は残っているのだろうか。
残っていると信じて、一日も早い改革を切に願う。

 

文/森健次

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