「知っているつもり」に気をつけろ…世の中にはマズイ知識が充ち満ちている
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BW_machida

2021/11/08

 

世の中には「目に見えること」と「見えてないこと」がある。そんなことは、物心がつく頃にはうっすらとだがわかってくる。そして歳を取れば取るほど、幾つもの事象を包んでいる謎の多さに驚かされるし、いつしかそれを当然のことだとわきまえさせられる。

 

ただ問題は、それをそのまま「知ってるつもり」で切り捨ててしまっていては、いつまでたっても本質は見えてこないし、本質が見えなければ正しい答えは導き出されない。
そんな風に、本質を切り捨てたままのマズイ知識が世の中には充ち満ちている…ということを、『知ってるつもり 「問題発見力」を高める「知識システム」の作り方』(光文社新書)が改めて教えてくれた。著者は、今もってロングセラーを誇る『わかってるつもり』(光文社新書)の著者、東大理学部を卒業し、宮城教育大学や東北福祉大学教授を歴任する西林克彦氏だ。「知ってるつもり」の間違った知識で満足していては、本当に必要な知識は得られない。というのが、著者の教えるところである。そんな「知ってるつもり」のわかりやすい例が「飛行機雲」だ。

 

まずは遠くに轟音が聞こえ、空を見上げて一直線に伸びた飛行機雲を見つけて、なんだか嬉しい気持ちになるのは私だけではないだろう。そんな飛行機雲に、行ってみたいと思う何処かの景色を重ねてみたり、遠く旅立った人を思い出したりする。
では、見上げた雲の先にある飛行機は、飛行機雲の延長線上を飛んでいるのだろうか。
正直、そんな疑問を持ったことも無い。さらに、そんな問いをされてすらも「おそらくは……そうに違いない」程度の、大きな声では言えない答えが脳裏をよぎる。

 

その日は上空の風が強かったのでしょう。飛行機雲がみるみるうちに押し流されていくのがわかる状態でした。飛行機は北から南に飛んでおり、飛行機雲は強い西風で東の方向に流されていました。(中略)
最初は、機首は点線の方向を向いているだと思っていました。しかし、あんなに強い横風が吹いているのだから、点線方向に機首を向けて飛べば、風で東の方向に流されてしまい、点線通りには飛行できません。西からの横風に少し向かう感じで飛行しなければ、点線のようには飛行できません。

 

著者の言う「点線」とは、A地点とB地点を結んだ航路を指す。そこに強い横風が吹いてくるのだから、機体は横風の影響を受けるに違いない。その影響のほどは、飛行機の背後に延びる飛行機雲の流れるさまを見れば一目瞭然である。
だとすれば、飛行機自体も、横風の影響を考え併せてやや風とは反対方向(風上)に向けていなければならない。と、正しい答えが出てくる。これが著者の言う「知恵」だ。
重要なのは、この正しい答えに至らなければ、この飛行機はB地点に到達しないという紛れもない事実だ。

 

では「飛行機雲とは何か」と問われれば、「排気中の水分が、上空の冷たい空気で凝結して雲状になったもの」とでも答えられれば大正解に違いない。
ただ、そんな飛行機雲が正しく機体後方に延びているかどうかは、その日の天候によるのだ。その日、風が強ければ、雲状に延びたソレは風に流されるし、同じく機体も少なからず風の影響を受けている。
飛行機をA地点からB地点へと飛ばしたければ、機首は航路線上からやや風上に向けてなければならない。というのが、「正しく飛ばすための」答え(知恵)である。

 

われわれの知識は「知ってるつもり」であることが圧倒的に多く、日常の多くはそれで間に合っているというのも紛れもない事実です。
では、われわれの知識はすべて「知ってるつもり」のレベルで構わないのかというと、それはまったく違います。われわれは、ミシンやハサミの専門家、貨幣や紙幣に関わる技術者、各種交通機関の維持運営に関わる専門的な従事者、などなどの「専門的な知識」を持つ人たちのおかげがあって、「知ってるつもり」程度の知識で日常を円滑に送ることができているのです。ですから、社会が「知ってるつもり」程度の知識で動いているわけではありません。むしろまったく逆です。

 

そう言われると、かなり耳の痛い話である。
本書は、ここで言う「飛行機雲は機体後方に延びている」という一般的な知識を「孤立した知識」とし、「機首をやや風上に向けて飛ぶ」という正解を「知恵」と呼び、知恵こそが大切としている。
そんな孤立した知識こそが「知ってるつもり」を生み出し、「知ってるつもり」は疑問を生まない。疑問を生まないから、いつまで経っても正解を得られないと警鐘を鳴らし、正しく疑問を生み出すためには考え方のシステム化が必要だという。

 

ですから、知識がシステム化することによって、知識を有機的に組み合わせてできることや答えられることが増えるということになります。これはすこぶる当たり前のことです。それと、これは最初に聞くと変に思われるかも知れませんが、知識がシステム化することによって、わからないことは疑問に思うことは増加するのです。(中略)
ひとつめは、「矛盾」です。ある知識と別の知識が衝突していると矛盾が生じます。(中略)
2つめは、「隙間」です。(中略)遅刻の説明として「昨夜コーヒーを飲んだら寝付けなくて……」というのがあったとして下さい。コーヒーに覚醒作用があると知らない人のにとっては、この部分は隙間があって了解できないはずです。(中略)3つめは、「探索」に関わるものです。(中略)前の2つは、眼前に論理の「矛盾」や「隙間」が存在して「わからない」状態がすでに起きているのですが、「探索」はそうではありません。どうなっているか気になるから調べてみよう、「探索」にかかってみようと、行動を誘発する「わからない」状態です。そして、知識がシステム化されてくれば、それだけで探索してみたくなり、気になる箇所が増えるのは当然だと言えるでしょう。

 

なるほど、知れば知るほど……考えれば考えるほど、次々と「わからない」事が増えていく。確かに、追いかければ追いかけるほど謎は幾つもに枝分かれしながら増えていく。そんな経験を誰もがしたと思う。もどかしいような、とめどもないような…。
しかし、それがいかなる状況で、どんな壁にぶつかっているのかすらもわからずにいたが、本書によって初めて明確になった気がする。

 

「わからない」を見つけるために「きっちりわからなくなる」

 

本書の帯コピーの意味が、やっと少しわかったような気がした。
さらに本書は、磁石や地図やウミガメや植物や日本史など、幾つもの例を上げながら「わからない」ことを「わかる」ために、いかに知識をシステマティックに整備し構築していくことが必要かを諭すように教えてくれる。

 

『知ってるつもり 「問題発見力」を高める「知識システム」の作り方』(光文社新書)は、知ることの大切さと本当にわかることの楽しさを教えてくれ、まただからこそ、わかろうとすることがいかに難しいかをわからせてくれる、楽しく難解な書だ。そして何度も読まずにいられなくなる一冊である。

 

文/森健次

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知ってるつもり

知ってるつもり「問題発見力」を高める「知識システム」の作り方

西林克彦

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