何がホンモノで、何がニセモノか――人の見方を磨きたいあなたへ問いかける|早見和真さん新刊『笑うマトリョーシカ』
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ryomiyagi

2021/12/04

写真/文藝春秋

 

山本周五郎賞を受賞して約2年、早見和真さんが待望の新作小説を発表。エンタメ、ホラー、青春小説、社会派小説とジャンルの枠を軽々と超えて強力な光を放つ逸品です。

 

「この国にはびこる息苦しさの正体は、圧倒的な決めつけや先入観だと思っています」

 

『笑うマトリョーシカ』
文藝春秋

 

早見和真さんの2年ぶりの長編小説『笑うマトリョーシカ』。物語は国会議員の清家一郎が官房長官に決まったその日、女性新聞記者の道上からインタビューを受ける場面から始まります。愛媛県松山市の名門高校出身の清家は当時から政治家を目指していました。政治家になりたかったのに、ある事情で断念した同級生の鈴木俊哉は、清家のブレーンになることを決意。27歳で国会議員になった清家を、政策担当秘書として支えるようになります。ところが、道上は清家のことを「誰かに操られた政治家」と感じ、調べ始め……。

 

「政治や政治家を書きたいと思ったわけではありません」

 

早見さんは一貫して書き続けている“モノの見方のありよう”について書いた作品だと強調します。

 

「キラキラした高校球児、幸せな家族、凶悪犯などをモチーフに“その人は見えている通りの人間なのか”をテーマに書いてきました。というのも、私にはこの国にはびこっている息苦しさの正体は圧倒的な決めつけや先入観だという持論があるからです。例えば私は自分自身がよくわからない。表層の部分はわかったとしても、その奥にある本質が何なのか自分でもまるでわからない。それなのに他人は“この人はこういう人だ”と決めつけてきます。そんな一方的な決めつけに歯向かいたい気持ちがありました。政治を舞台にしたのは決めつけだけでなく、人間の業や歪さがむき出しになる最も顕著な業界だと思ったからです」

 

政治家を主人公に据えたのにはもう一つ理由がありました。

 

「ある政治家と話したとき、私の持論に興味を示してくれました。後日、その政治家が記者会見で、私の持論をほぼ私の言葉のまま話しているのを見たんです。特に嫌な気持ちにもならず、なるほどなあと腑に落ちました。その政治家の中には想像もつかないような空っぽの空間があって、いろんな業界にいるブレーンたちの言葉を話していると、背景が見えたような気がしました。その方は小説のモデルではありませんが“発言の一つひとつが、誰かに言わされているとしたら?”と突拍子もない疑念が湧き、清家一郎を作り上げていく大いなるきっかけになりました」

 

早見さんの大好きな映画『砂の器』へのオマージュでもあります。

 

「『砂の器』には、抗えないことがある父と息子が過酷なお遍路をする名シーンがあります。この小説では抗えない何かを、過去の歴史に置き換えて物語を考えました。
人間をカテゴライズするなと言っている以上、作品をジャンル分けするのもどうかと思い、これまで培った執筆技術を駆使していろいろな読み方ができるように工夫しました。第3部の後半から登場人物たちが暴走し始め物語が一気に進みますが、ここは私も登場人物たちと一緒に暴走して飲まず食わずで寝ることも拒絶し、10日間で書きました(笑)。物語そのものも章によって肌触りの異なるマトリョーシカ構成になっています。人をみくびったことのある人、あるいはみくびられたことのある人には絶対に刺さる自信があります」

 

青春小説、バディ小説、ミステリーと多様な読み方を堪能した後、ラストに映る光景にそこはかとない恐ろしさを感じる傑作です。

 

PROFILE
はやみ・かずまさ●’77年神奈川県生まれ。’08年、自らの高校野球の経験を基に描いた青春小説『ひゃくはち』(集英社)でデビュー。’15年『イノセント・デイズ』で日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、’20年『ザ・ロイヤルファミリー』でJRA賞馬事文化賞と山本周五郎賞を受賞。

 

聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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