保健所のコロナ最前線…職員たちへ行われた理不尽な扱いと暴力的業務量
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BW_machida

2022/01/25

 

2022年1月22日現在、東京都の新規感染者数は1万1227人と初めて1万人を上回った。昨年末から年明けにかけて、およそ2ケタ台と治まり、街や新年の初詣も往時の賑わいを見せていたかと思うが、やはり変異種による第六波は押し寄せてきた。

 

受験、卒業、人事異動……と、人生の節目が並ぶ季節を迎えて、またぞろ私たちは一喜一憂しつつ疑心暗鬼の日々を繰り返さなければならない。そして、そんな市民の疑心暗鬼が現場にもたらす混乱はいかほどだろう。そんな風に、ガラにもなく思いやっていたところに『保健所の「コロナ戦記」TOKYO2020-2021』(光文社新書)を入手した。著者は、自身も医学博士であり、東京都特別区の保健所に課長級の公衆衛生医師として勤務する関なおみ氏だ。余りにもタイムリーな一冊に、勢い込んでページを捲った。

 

第4波・第5波 4月から現在

 

報道では、「救急車を呼んでも保健所の判断で入院できない」と言われていたが、現状は保健所の判断で不搬送としているのではなく、ただ単に、すぐに入院させたくても病床がないので、不搬送として翌日の入院調整にかけることになっていたのである。

 

昨年の4月と言えば、いつまで経っても整わないコロナ病床(棟)に、いよいよ満床状態が恒常化し始め、「野戦病院のようなものを作ってはどうか」などとコメンテーターが口にし始めた頃だ。にもかかわらず、永田町や西新宿の高層ビルでは「オリンピックを開催するか否か」と、開催に向けての予定調和劇に終始していた。

 

本書は、「はじめに」でも書かれている、メモ魔で手紙魔で、日記を書かないと眠れないという著者によって、まさに最前線と化した保健所での日々の戦いを、時系列に沿って克明に綴った迫真のレポートなのだが、そんな本書に、国立国際医療研究センター病院の大曲貴夫医師と著者の対談がある。
第5波が終息したかに見え始めた昨年10月に行われたお二方の会話が生々しく迫ってくる。

 

− 国際感染症センターは、今回のCOVID-19の対応をいつからされているのですか?

 

関 たしかチャーター便からですよね。

 

大曲 はい、本当に一番最初の、武漢のチャーター便の時からですね。ある日、安倍首相がテレビで、日本人を連れて帰ってくるとおっしゃって、「おお、それは大変だな。誰が対応するんだろう」と思っていたら、その次の日に厚生省から電話で「チャーター便の飛行機の中の感染対策を考えてください」と言われたんです。あとは、病院の方にさる上の法の筋から電話が来て、「受け入れを頼みます」と。(中略)では、第1波の時は、私たちが思っているよりも、感染者は多かったという認識ということですね。

 

大曲 そうですね。5~10倍はいたのではないかと思います。たぶん若者とか、けっこう感染していたんだと思うんですよ。卒業旅行とかにかなり行っていましたから。

 

関 こんな時期でも海外に行っているんだなと思いましたよね。

 

大曲 はい。個人的には、海外で得体の知れない感染症になったら、隔離はされるし、帰って来られない。下手をしたら死んでしまうといった怖さがあると思っていますけど、そこまでは想像できないんでしょうね。

 

関 COVID-19については、何か、ちゃんと伝わらない感じがありますよね。情報を出しても変に炎上したりして、病気の実態が結局うまく伝わっていない。マスコミも煽っていますよね。正当に怖い病気だって言っているのに、「わざと言ってるんじゃないか」とか。

 

大曲 そういった勘繰りはありますよね。それから、コロナの患者さんを診ていなさそうな方が、いかにもたくさん診ているかのように話して、すごく極端な話をするとか。それがまた面白いものだから、取り上げられるんですよね。ファクトに基づかずに話す人がけっこういる。

 

関 そう。それがそのまま認識されてしまう。

 

かつてはニュースの現場にも居た私にも、両氏のおっしゃるバイアスがかかった報道や、過激な意見を煽る傾向など、思い当たると同時に耳の痛い思いがある。
さらには、やっと接種が始まったワクチンに対する陰謀論など、今もって根強く残るネガティブな市民意識など、両氏が戦う対象は、新型コロナウィルスそのモノではなかったのかもしれない。

 

求められる「医療側の覚悟」

 

大曲 それにしても、この本の原稿を読ませていただいて、保健所がやらなくてもよいことをずいぶんなさっているなと思いました。(中略)それは、病院経営の観点からですか?

 

大曲 経営の問題は大きいと思います。あと、コロナの患者さんを診始めたら、他の患者さんが来なくなってしまうのではないかという思いなどでしょうか。(中略)野戦病院を作れという話もあります。

 

大曲 はい。第5波の時、話題になりましたが、野戦病院を作って、そこで何をするのかが問題ですね。

 

関 たぶん「野戦病院」のイメージが統一されていない。たとえばベトナム戦争の負傷者収容所みたいなのを想像しているとか、国境なき医師団のエボラ出血熱対応テントみたいなものを思い描いている人もいたりとか、いやいや日本の体育館みたいなところにベッドがならんでいる様子をイメージしていたりとか。言葉が独り歩きをしている感じですよね。いまどき野戦、しないじゃないですか。野戦病院という言葉がよくないと思いますね。

 

などなど、両氏の言葉から、医療機関や保健所の緊迫した様子と、得られない理解や支援に対する諦観が伝わってくる。
そして、本書のラストはこう締めくくられる。

 

黙して語らぬ人々の仲間に入らぬために、これらCOVID-19対策に襲われた都庁や保健所の職員たちに有利な証言を残しておくために、彼らに対して行われた理不尽な扱いと暴力的な業務量の、せめて思い出だけでも残すために、そして、ただ単に、災疫の最中で学んだこと、すなわち、人間の中には軽蔑すべきものよりも賞賛すべきものの方が多い、と語るために。
いつの日か、共に闘った仲間たちと、ざっくばらんな飲み会で心の底から話し合い、カラオケで十八番の歌を聴く、そんな日が戻ってきますように。

 

『保健所の「コロナ戦記」TOKYO2020-2021』(光文社新書)は、迫真のレポートに手に汗握り、思いがけず目頭に熱いものがこみ上げてくる後世に伝えるべき一冊だ。
しかもなお、彼らは今もって終わりの見えないの闘いの渦中にある。
それを思うと、どうねぎらえばいいのか、言葉を探しあぐねる私がいる。

 

文/森健次

 

『保健所の「コロナ戦記」TOKYO2020-2021』
関なおみ/著

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