トランプが勝った今、わたしの身に何が起きるかわからない『WHAT HAPPENED』#2ヒラリー・ロダム・クリントン
ピックアップ

2017年9月にアメリカで刊行されたヒラリー・クリントン前民主党大統領候補の最新自伝『WHAT HAPPENED』(邦題『WHAT HAPPENED 何が起きたのか?』高山祥子訳)はたちまちミリオンセラーとなりました。このタイトルが示すように、あの歴史に残る大統領選を事細かに振り返った内容です。今回、邦訳版の刊行に合わせ、520ページ及ぶ長大な内容からハイライトを紹介していきます。

 

 

トランプが勝った今、わたしの身に何が起きるかわからない

ヒラリー・ロダム・クリントン著『WHAT HAPPENED 何が起きたのか?』より

 

最初の警戒標示は、ノースカロライナ州だった。オバマ大統領は二〇〇八年には勝ったが、二〇一二年には僅差で負けた州だ。わたしはそこで積極的な運動を行なったが、形勢はうまくなさそうだった。黒人やラテン系アメリカ人の投票率は希望していたより低く、トランプ支持の白人労働者階級が精力的に活動したらしい。

 

同じことがフロリダ州でも起きた。二〇〇〇年の選挙全体を決定づけた激戦州だ。今回はフロリダ州で共和党の根幹を砕き、目標である二七〇の選挙人の票を手にしたいと望んでいた。この州の人口統計は変化していて、オーランド周辺ではプエルトリコ人が増え、選挙日前の期日前投票数も増えていたので、わたしたちに有利かと思われた。だが選挙運動マネジャーのロビー・ムックが最新の票数を知らせにきたとき、彼が緊張しているのが分かった。彼はとても前向きな人物なので、わたしには、悪い知らせだと分かった。

 

まもなく、また別の鍵となる州でも同じ展開になった。二〇〇四年の選挙を決定したオハイオ州で、悪い状況だった。だがこれは予想していたことで、わたしは自分に、あらゆる場所で勝つ必要はないと言い聞かせた。二七〇に達すればいい。ロビーとジョン・ポデスタが絶えず最新情報を教えてくれたが、あまり言うべきことはなかった。ただ見守るだけだった。

 

ビルはひどく緊張し、火のついていない煙草を噛み、長年の友人であるヴァージニア州知事のテリー・マコーリフに一〇分ごとに電話をし、ロビーのもたらす情報に聞き入った。チェルシーとマークは静かだったが、やはり不安げだった。当然だろう。待っているのは辛いものだ。わたしは最もありえないことをすることにして、仮眠を取った。願わくは、目覚めたときに状況がよくなっていますように。わたしは疲れ果てていたので、こんな重圧下でも、目を閉じたらすぐに眠りに落ちた。

 

起きたとき、ホテル内の雰囲気はかなり重苦しくなっていた。ロビーとジョンは動揺していた。古い友人たちが集まっていた。マギー・ウィリアムズ、シェリル・ミルズ、カプリシア・マーシャルなどがいた。弟たちや、その家族もいた。誰かがウィスキーを用意した。アイスクリームを調達してきた者もいた─ホテルのキッチンにあった、全部の味を。

 

ヴァージニア州とコロラド州は勝ったが、フロリダ州、ノースカロライナ州、オハイオ州、アイオワ州はだめだった。今や全員がミシガン州、ペンシルヴェニア州、ウィスコンシン州という、わたしたちが頼りにしていた、一九九二年以来どの大統領選挙でも民主党が勝ってきた州に注目していた。白人の労働者階級が多く住む田舎と準郊外の地域では負けた。埋め合わせをするには、フィラデルフィア、ピッツバーグ、デトロイトやミルウォーキーなどの都市で数を稼がなければならず、そのうえで、郊外で全てが決まるはずだった。

 

時間が経つにつれ、悪い展開になった。都会の選挙区の中には結果が遅い場所もあったが、充分な票数を獲得できるとは期待できなくなってきた。

 

なぜこんなことになったのか? もちろん、選挙運動中、数々の試練に遭った。一一日前のジム・コミーの手紙も衝撃的だった。だがわたしは、一つひとつ困難を乗り越えてやってきたつもりだった。遊説中は、うまくいっているような気がした。エネルギーと熱気がびりびり感じられた。基本的には─世論調査も予想も─わたしたちに勝算があったはずだ。それが消えかかっている。ものすごくショックだった。こんな事態になるとは、気持ちの準備ができていなかった。最終日に頭の中に破滅のシナリオなどはなく、もし負けたら何を言うべきか、考えてもいなかった。だが今やそれが現実になりつつある。室内の空気がなくなり、息ができないような気がした。

 

真夜中を少し回ったころ、AP通信が、わたしのネヴァダ州での勝利を伝え、これは救いだった。ニューハンプシャー州で勝つ可能性はあったが、それでもミシガン州、ウィスコンシン州、ペンシルヴェニア州で勝たなければ充分ではない。専門家は、あまりにも僅差なので数え直しになるか、少なくともあと一日かけなければ結果は出せないと言った。午前一時過ぎ、わたしはジョン・ポデスタに、ジャヴィッツ・センターにいる支持者たちに帰宅して休むように伝えてほしいと頼んだ。勝ちか、負けか、引き分けか、水曜日の朝まで発言は控えることにした。

 

ちょうど同じころ、ジョンとわたしはホワイトハウスからメッセージを受け取った。オバマ大統領は、結果を先延ばしにするのは国にとってよくないことだと心配していた。結果を受け入れると約束せずに民主制を傷つけるトランプの姿勢を批判してきた手前、自分たちははきちんと対処するべきだという重圧があった。もし負けたら、速やかに潔く敗北を認めるべきだ。わたしも同感だった。

 

午前一時三五分、APから、ペンシルヴェニア州でトランプが勝ったと報道があった。勝負がついたも同然だった。ウィスコンシン州とミシガン州でどんなに頑張っても、勝利は難しい。

 

まもなく、トランプが近くのヒルトン・ホテルでの勝利祝賀パーティーに出かける準備をしているという報道があった。潮時だ。わたしは電話をすることにした。

 

「ドナルド、ヒラリーよ」人生で最も奇妙な瞬間だった。わたしはトランプにお祝いを言い、速やかな引き継ぎのためにできることは何でもすると申し出た。彼はわたしの家族と選挙運動についてお愛想を言った。電話をかけるのは辛かったろうとかなんとか言われたような気がするが、今では全てがぼやけ、はっきりしない。まるで友人にバーベキューに参加できないと電話しているように、おかしなくらい普通の、そつのない会話だった。ありがたいことに、短かった。

 

それからわたしは、オバマ大統領に電話をかけた。「がっかりさせてごめんなさい」わたしは言った。喉が締めつけられた。大統領は大丈夫だと言った。わたしは強力な選挙運動を繰り広げ、我が国に尽力した、わたしを誇りに思うと。敗北のあとも人生は続き、彼とミシェルが側にいてくれると言った。わたしは電話を切って、しばらく黙って座りこんでいた。ショックのあまり、呆然としていた。

 

午前二時二九分、APがウィスコンシン州の結果を告げ、トランプの当選を発表した。その後まもなく、トランプがテレビで勝利を宣言した。

 

わたしはホテルの部屋で、愛する人や信頼する人たちに囲まれていた。彼らはわたし同様に傷つき、ショックを受けていた。こんな具合に、みんなで力を合わせて目指してきたものが消え去った。

 

一般投票は、かなりの票差でわたしが勝つようだった。その事実に、いくらかの慰めを感じた。アメリカ国民の多数派はトランプの〝我々対彼ら〟の運動を支持せず、わたしの政策と将来のヴィジョンを選んでくれたということだ。わたしは拒絶された─だが肯定もされた。非現実的なことだ。

 

わたしは自分を責めた。恐れていた候補者としての限界が、最悪の形で現実になってしまった。二〇〇八年の経験を教訓にして、より良い運動を行なってきた。だが根深い怒りを抱えた国民と繋がれず、現状維持を目指す候補者だというイメージを振り払えなかった。

 

それに、わたしの身に降りかかったことを見てほしい。わたしはドナルド・トランプに対抗していただけではない。ロシアの情報機関、心得違いのFBI長官、そしてとんでもない選挙人団を相手にしなければならなかった。そう、規則は理解していた。勝たなければならない州は分かっていた。それでも過去五回の選挙で二回目の、民主党がより多くの票を獲得しながら、わたしたちの立憲制度の古臭いかぎ爪に勝利を奪い取られる選挙となったことは、腹立たしいことだった。

 

わたしは二〇〇〇年以来、選挙人団は人口の少ない州に不適切な力を与える、非民主的な制度だと訴えてきた。「一人一票」の方針をあざ笑うものだ。皮肉なことに、創設者たちはそれを、民主制における外国の介入に対する防護策として作った─建国の父の一人アレクサンダー・ハミルトンは論評『フェデラリスト・ペーパー六八号』に、外国の影響からの保護を、選挙人団を正当化する理由として挙げている。そして今、ウラジーミル・プーチンのお気に入りの候補者に、勝利が手渡された。

 

わたしの頭の中で、トランプの大会で鳴り響いていた「投獄しろ!」という声が聞こえた。二度目の討論会で、トランプは、もし当選したらわたしを刑務所送りにすると言った。彼が勝った今、何が起きるのか見当もつかなかった。

関連記事

この記事の書籍

WHAT HAPPENED 何が起きたのか?

WHAT HAPPENED 何が起きたのか?

ヒラリー・ロダム・クリントン /髙山祥子 訳

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を

この記事の書籍

WHAT HAPPENED 何が起きたのか?

WHAT HAPPENED 何が起きたのか?

ヒラリー・ロダム・クリントン /髙山祥子 訳