「リアルを超えた、もう少し居心地のいい場所」を求める人の心を読む|岡嶋裕史『メタバースとは何か』
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BW_machida

2022/04/27

『メタバースとは何か』
岡嶋裕史/著

 

オープンワールドのオンラインゲーム「フォーナイト」

 

メタバースとはインターネットにおける仮想世界のことで、本書の説明をそのまま引用するなら「現実とは少し異なる理で作られ、自分にとって都合がいい快適な世界」である。

 

「メタバースが急速に勃興しつつある背景は、まず何よりも描画技術の向上にある。人間の欲求は太古からそんなに変わっていない。安全や安心を願い、居場所の確保と賞賛を望み、世界に爪痕を残したいと企てる。」

 

こうした企ての根底には、人間の欲望が見え隠れする。リアルでの人生への不満と、不満から逃れて自分に都合のいい世界をファンタジーとして消費したい欲望。本書によれば、これらは「生産的ではないかもしれないが、ストレスのかかる状況下で心身のバランスを保つためには重要な心の働き」だという。

 

リアルとは切り離された、リアルとは違うまったく新しい世界であるメタバースは、ゲームやSNS、VRとの親和性が非常に高い。そもそも小説、絵画、音楽、演劇などは古くからファンタジーを提供する媒体として存在していたから、コンピューターがファンタジーを提供する媒体となったのは自然の流れだった。古典的な芸術において、利用者は観客に過ぎない。そのため、自分がその世界に関わることにはどうしても限界がある。しかしコンピューターによる娯楽は、利用者が積極的に関わることができるという著者の指摘はおもしろい。

 

著者はまた、メタバースがこれほど大勢の人に受け入れられた理由に「リアルでなくても構わない人」が増えたことを挙げている。学業や仕事、生き方などの自由が拡大されつつある社会では、自分の頭でものを考えて決断し、実行することが求められるようになった。結果、現実社会で自由を謳歌できる人には居心地のよい場所になったが、そうでない人にとって現実は怖くて息苦しい場所となった。

 

「社会のどこかに正解があって、それに対する回答が間違っていたのではなく、社会のどこにも正解はなく、自分なりの正解を作っていい、作らねばならないはずなのに、その正解が否定されるのである。この差は大きい。(中略)間違いの修正ではなく、自分の生き方の再構築をしなければならないからだ。そんなしんどいことを、そうそうやりたくはない。」

 

そこで、仮想現実である。相手が誰であれ、価値観のぶつかりを回避したい人たちはコミュニケーションのいいとこ取りを求めた。アバターが相手なら傷つかないし、傷つけても罪が軽いような気がする。相手がAIなら、どんな恋愛観も性的嗜好も飲みこんでくれる。そのうえ触感を感じさせるVR技術は進歩しているから、アバターは不可触であるとも言いきれなくなってきている。

 

「重力が煩わしいなと思ったら、重力をカットしてしまえるのがメタバースです。自分の性別に違和感があるなと感じていたら、違う性別のアバターを使って世界に入っていけるのがメタバースです。足が不自由でも、大地を駆け巡り大空を飛べるのがメタバースです。」

 

こうした悩みを多くの人が抱えているのなら、それに答えようとするメタバースに期待が高まるのは当然だと思う。なぜならメタバースが目指すのは「リアルを超えてもう少し居心地いい場所」なのだから。

 

『メタバースとは何か』
岡嶋裕史/著

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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