テクノロジーは「神の意志を解明する」ために発生した|橋爪大三郎『世界は宗教で動いている』
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2022/05/24

『世界は宗教で動いている』光文社未来ライブラリー
橋爪大三郎/著

 

 

 

連日報道されるウクライナでの凄惨な状況。戦火を逃れるウクライナ市民と、そんな彼らを迎え入れるヨーロッパ諸国。ついには、これまでいかなる難民にも、頑なに門戸を閉ざしてきたに日本までが、林外務大臣を現地へと運んだ専用機にウクライナ市民を乗せて日本へと運んだ。しかしその一方で、いまだシリア難民は、東欧諸国が閉ざした国境線に立ち尽くし、ロヒンギャ難民は打ち捨てられたまま苦境の中で喘いでいる。果たして、この扱いの差は、いったいどこから来るのだろうか。

 

世界中をあっと言わせた、プーチン・ロシアによるウクライナ侵攻。当初は、ウクライナの政治的転身とNATOの東方拡大が原因と思われたが、その後のプーチンの言動から、どうやらそれは、ウクライナとロシアの宗教や文化にまつわる歴史的経緯こそが最大の因ではないかと言われるようになってきた。21世紀。日々進化し続けるインターネット事情は、世界を急速に一体化させ、それまで推進され続けてきたワールドワイドな考え方は、抜き差しならないお隣さん事情に変質しつつあるように思う。それにしても、前世紀を戦争の世紀としたイデオロギーや軍事バランスが、いよいよ今世紀となりより複雑化した結果、行きつくところの戦火の端緒が、ついには大国の中世史観とは何とも皮肉なものである。
先日『世界は宗教で動いている』(光文社ライブラリー)を入手した。著者は、鋭い宗教観で、ワイドショーなどでもお馴染みの橋爪大三郎氏。こんな今だからこそ、氏の宗教史観とその考察は、十二分に一読の価値がある。

 

橋爪 聖書は、古くて時代遅れで間違っている。科学は、新しくて進歩的で合理的で正しい。こう、日本人の多くは考えています。(中略)欧米でも、いまや聖書を文字通り正しい。と考える人びとは少数派です。でも、だからと言って宗教がその重要性を減じているわけではない。科学が、宗教にとって代わることはできない。(中略)この世界は神の作品である。この世界がどう造られているか、理解すれば、神の計画が明らかになり、神の意志に人間はより忠実に従うことができるのではないか。神の造ったこの世界(自然)を、聖書のようなもの一冊の書物として「読解」しよう。というのが、自然科学がスタートした理由でした。

 

自然科学とは、万物の創造主である神の意志(意図)を理解しようとして発生した学問であるという驚き。自然科学が取り扱う対象は、大きくは宇宙であり、小さくは素粒子である。そして、それらの法則性を明らかにするために生まれたのが、数学・物理学・天文学・化学・生物学・地球科学などに及ぶ、まさにテクノロジーの粋である。もしかすると、キリスト教徒にとってみれば当たり前かもしれないが、まさか科学が、テクノロジーが、神の意志を解明するために発生した学問だったとは、正直、今の今まで知らなかった。と、これが、「信仰心が希薄だ。宗教観が曖昧だ」とされる私たち日本人の認識ではないだろうか。ともすれば、私たちの宗教に対する認識は、極めて非科学的な存在であり、およそ現代社会においては指針になどなり得ないと考えがちな存在である。

 

受講生 アメリカのウォール街には、強欲(greedy)な人びとが大勢います。こういう人びとを、キリスト教ではどう考えるのでしょう。

 

橋爪 日本で、富の格差が当然だと思われるのは、それが労働の正当な対価だと考えられる場合です。ちゃんと働いた人は多くの収入をえて、あまり働かない人は収入が少ない、という差があっても、誰もおかしいと思わない。(中略)アメリカでは、誰かがたくさん儲け、ほかのひとがあまり儲からなくても、神の意志だから甘受しなければならない。と考えます。(中略)大儲けをしたひとは、市場と神によって祝福されたのであって、努力したかどうかとは関係ないと考えるのです。つまり、不労所得で潤っても、市場のルールに従っているかぎり、何の問題もない。

 

日本ではそれを、「市場原理」と呼ぶが、これを市場原理とする限り、そこに原理原則を見出さなければ有効な対策を講じることができない。と考えてしまう。しかし、それを「神の意志」とするなら、神の意志を推し量るなど、およそ凡夫の成せる業ではない。と諦めることができる。だからこそそこに、自然科学という「神の意志を探る」学問が発生し、進化していったのだろう。それにしても、不労所得で潤うことに対する社会理念の違いに驚かされるし、だからこそアメリカには世界番付の上位を独占する長者が生まれるのかもしれない。ここでも、人びとの宗教観が、その国の経済活動にまで影響していることがわかる。

 

橋爪 カースト制は、紀元前十三世紀ごろに、アーリア人がインドに侵入してきた結果、できたものといいます。アーリア人はもともと、ペルシャあたりに住んでいた民族で、西側に移動したグループはバルカン半島やイタリア半島に侵入した。それらの地域ではカースト制ではなくて、奴隷制度の社会をつくった。古代文明では奴隷制がスタンダードだった。(中略)カースト(ヴァルナともいう)は身分制ですが、奴隷制ではない。(中略)

 

橋爪 インドのカースト制に、反対する宗教があります。イスラム教です。イスラムはカースト制を認めません。イスラムの場合、アッラーの前では、すべての人間は平等です。

 

労働に対する賃金を、はるかに凌駕する不労所得をも認め、それに対して不平等感を持たないキリスト教徒。八百万の神を信仰しつつ、いまだカースト制を廃止できずにいるヒンドウ教徒。身分制も認めず、攻撃に対する防御努力を是とするイスラム教徒。そして、いずれの異なる教義・信仰をも尊重する日本人。
世界には様々な宗教があり、その国は、少なからず国民の信仰心に根付いた教育が成され、政治・経済はおろか軍事に至るまで、ありとあらゆる行動原理を形成している。

 

『世界は宗教で動いている』(光文社ライブラリー)は、わかっているつもりで本当は理解していない、それぞれの国の常識や行動原理を、一問一答形式でわかりやすく解説してくれるガイドマップならぬ各国各宗教ガイドだった。

 

ワールドワイドな考え方を基本とする今世紀を生きていくうえで、必要不可欠な各国・各宗教のセオリーやタブーを知るうえで、是非一読をお勧めしたい一冊だった。

 

文/森健次

 

『世界は宗教で動いている』(光文社未来ライブラリー)
橋爪大三郎/著

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