『トーマの心臓』と作家ヘッセとの意外な接点|長山靖生『萩尾望都がいる』
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ryomiyagi

2022/09/05

 

 

萩尾漫画には無駄がない。
これは私の言葉ではない。歯学博士であり、評論家でもある著者の言葉である。そんな私も長い間、萩尾望都の作品に魅了され続けてきたファンの一人だ。そして確かに、萩尾漫画には繰り返し読んでも飽きさせない何かがある。その答えを本書は的確に、新たな発見も交えながら解説してくれる。

 

「萩尾漫画には無駄がないのです。すべての絵、すべての言葉が、テーマに沿っていて、意味を持ち、ドラマは論理的に構成されている。短い枚数に多くの情報を入れよう、複雑な内容を伝えようと思うと、たいていの人は説明的になります。明確で分かりやすい矢印で読者を引っ張ろうとする。
しかしそれはドラマではない。“表現”で導くのでなければ、頭には届いても心に届くドラマにはならない。」

 

これは、漫画の難しさでもあるように思う。萩尾望都が漫画の世界で革新的な存在である理由のひとつは、従来のコマ割りという規制されたフレームを解体し、再構築したことにある。言葉と絵の連なりを共振させることで、自在なリズムで読者の視線を誘導する流れを作りだしたのだ。

 

「萩尾望都は複雑な説明を、最小の文字と、的確にして詩情そのものである絵によって表現します」という著者の言葉は、萩尾作品を読んだことのある人なら誰でも納得するのではないだろうか。

 

新しい発見もあった。『トーマの心臓』とドイツ生まれの小説家ヘッセの神秘主義的思考との繋がりだ。『トーマの心臓』は神学校の寄宿舎を舞台に少年たちの愛と孤独を描いた作品である。ドイツのギムナジウムを舞台に描かれる本作は、14歳の少年ユーリが主人公で、陸橋から転落死した学校のアイドル的存在のトーマに瓜二つの転校生がクラスにやってきたことから、主人公の混乱が始まる。

 

本書によれば、萩尾は高校生時代にヘッセの『車輪の下』に触れ、その後、友人の勧めで『デミアン』を読んだという。全体的に神秘主義的な異端の香りが濃厚なヘッセの『デミアン』は、キリスト教に厳格な立場からすると危険な作品だ。こうした作品が書かれた背景には、ヘッセの家庭が厳格なプロテスタントだったことが関係している。萩尾は、ヘッセの異端思想を既存研究からではなく作品そのものの読解から獲得したのではないか、と著者は指摘する。そのうえで、萩尾は恋人崇拝とでもいうべき愛の対象の神格化を性愛ではなくアガペーのレベルで希求する物語を自身の中から生み出したのだという。

 

萩尾漫画の魅力はまだまだ尽きない。主要読者である時代の少女たちばかりではなく、大人の男性たちの中にも萩尾のファンは多い。萩尾作品はよく「文学的」と評されるが、それは決して洗練された言葉や主題に由来するものではない。たとえば物語の流れを作る視線の誘導、絵とコマ割りの表現、そのなかできらめく言葉。そうした表現への感激が人をして「文学」と言わせたのであるという著者の指摘に、私も大きく頷いてしまった。

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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