ryomiyagi
2022/07/29
ryomiyagi
2022/07/29
本書で明らかにされるのは、ある歴史的な事実だ。すなわち「中東とヨーロッパがいかに交わり、溶け合い、互いに寛容な心をもって共存を実現」してきたかということ。著者が願うのは、この歴史を再確認することで日本人のイスラムへの恐怖心が薄らぐことだ。
「イスラムは決して野蛮人や未開の文明の宗教ではないことは、中世に高度に発展したその文化や科学を観れば明らかです。対立や敵対よりも宥和や共存、共生の姿勢をもつほうが各宗教・宗派の人々の心の障壁を低くし、国際社会がヘイトやテロなどの負の連鎖から脱却することにもなるでしょう。」
観光旅行のガイドツアーに参加したつもりで読んで欲しいとの言葉どおり、本書でまず語られるのが、ヨーロッパの食文化を豊かにしたムスリムたちの存在である。読めばきっとロマンと旅情をかきたてられる。なぜって、第一章はヨーロッパとイスラムを繋いだワインの話題から始まるのだから。
酒はイスラムでは禁じられているが、実際、イランなどでは飲酒の習慣は根強いらしい。かつてのイランはワイン造りで世界的に有名で、17世紀にはヨーロッパ商人たちもイラン南部の都市シラーズのワインを輸入していた。シラーズでワインの生産が始まったのは、紀元前2500年頃だ。
ワイン好きならここで「シーラーズ」というワインの銘柄を思い出すかもしれない。この名は、19世紀にエルミタージュからオーストラリアにシラーワインを輸入していたスコットランド人のジェームズ・バスビーがつけたものだ。彼は13世紀に十字軍からペルシア・ワインを購入した騎士の逸話から「ペルシア・ワインの伝説的な甘美な風味を加えることを意図し、イランの都市の名前である『シーラーズ』と名づけ」たと著者は説明する。
ワインづくりの習慣は紀元前4000年頃に中東ではじまり、レバノンは世界でもっとも古いワインの生産地の一つだ。そんなレバノンのワイン製造のきっかけを作ったのが、1857年にレバノンを訪れたイエズス界の修道士たちの存在である。一本のワインには、ヨーロッパとイスラム・オリエント世界が互いに刺激しあい、高めあってきた歴史が注がれているのだ。
この章ではさらにオレンジやオリーブ、パエリア、ロールキャベツなど身近な食べ物とムスリムとの結びつきが語られるが、食文化はこの本の出発点でしかない。本書はここから、建築や文学、音楽に見られるイスラムの影響や世界商業の発展に貢献したムスリムたちの存在、イスラムが12世紀ルネサンスに与えた史実など数多の歴史的事実を紹介していく。
おそらく読者は、読み進めるうちに現在の中東問題やイスラム世界と欧米キリスト教世界の対立など現代社会の問題と向き合うことになるはずだ。こうした問題が生じる理由を著者は「偏ったナショナリズムと自分中心的なエゴイズム」にあると指摘する。また、イスラムとキリスト教が対立しているという歴史観が問題の本質を見えにくくしているとも。本書を頼りに、まずは身近な話題からイスラム世界を見つめ直してもらいたい。
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