「年金不安」に効くワクチン『人生100年時代の年金戦略』

高井浩章 経済記者

『人生100年時代の年金戦略』日本経済新聞出版社
田村正之/著

 

「年金に頼らない豊かな老後には1億円必要」
「財政は破綻状態で公的年金はあてにできない」
「若い世代は『払い損』だから年金は未納でOK」

 

年金や老後のマネーを巡っては、不安や不満に訴える極端な主張や、根拠に乏しい議論があふれている。そんな「年金不安症候群」にファクトとデータで丁寧に答えるのが本書だ。

 

特徴はこの「不安の解消」というテーマに力点を置いている点と、そのために徹底的に分かりやすさを追求していることだ。年金関連の本には、実務上の手続き論に偏り過ぎたり、逆に積立金運用など年金制度の一部を取り出して危うさを強調しすぎたりする例が少なくない。解説は、正確だけれど、味気なく、イメージ喚起力に欠けるものになりがちだ。

 

その点で本書は、ざっくりした前提を置いて、「こういう人は、これだけ払えば、将来これだけもらえますよ」と試算を提示する手法を多用している。年金の未納や支給繰り上げがいかに損か、会社員などが入る厚生年金がどれだけ「お得」な制度か、自身が障害を抱えるリスクやパートナーの死という誰にでも起きうる事態に対して公的年金がいかに手厚い「保険」となっているかなどが、数字で示され、納得度は高い。

 

年金制度全体についても、特に「マクロ経済スライド」という仕組みが適切に機能すれば原理的に年金財政の破綻は起きないという理屈を分かりやすく解説している。「制度がワークしているか、国民の監視が必要」とも指摘しているのはジャーナリストらしい視点だ。

 

ここまでの分かりやすさは、ファイナンシャルプランナーの資格を持つベテラン記者であり、「田村優之」の筆名で小説も書くという異色の書き手の筆力によるところが大きいのだろう。図表・数表も充実している。

 

年金が手薄になりがちな個人事業主の賢い対処法や、確定拠出型年金における運用商品の選び方のイロハまでコンパクトにまとめてある。これから「年金作り」をする若者、特にフリーランス・起業家志向の人こそ熟読をお勧めしたい。

 

それにしても、通読してため息が漏れるのは、「ここまで丁寧に書いても、こんなに理解が大変」という年金制度の複雑怪奇さだ。著者も指摘しているが、複雑さの前にひるみ、漠然とした不安に付け込んだ金融商品を売りつけられる人が少なくないのも、頷ける。

 

だからこそ、できるだけ早いうちにこの「ワクチン」を接種して、年金不安の発症を予防しておいた方が良い。推奨は2回接種。1度目は飛ばし読み気味に全体像を把握し、2度目に自分に関係のある部分を精読すると良いだろう。

 

最後に個人的見解を付け加えると、私は公的年金については「国民経済と命運を共にしている」というビッグピクチャーが肝要だと考えている。「マクロ経済スライド」の天敵がデフレであるように、国の経済がうまく回らなければ、年金制度だってうまく回るはずがない。日本という国が沈没するなら、年金だって沈没する。逆もまた真なり、である。

 

日本という国で生きる限り、今の公的年金は良くできた「安全網」だ。ひとまずそれに身を任せておくのが得策だし、お金の不安は悪あがきするほど悪徳商売・商品の餌食になりやすい。それより、私より上の中高年層は健康に気を配って元気で働ける時間を伸ばすように努め、若い世代は「安全網」をうまく使って自分の人生と日本の経済を活気づかせる方向にエネルギーを割いたほうが良い。

 

何やら年寄りじみた説教になってしまったが、最後にもう1度。

 

「ワクチン」の接種は早めに!

 

 

『人生100年時代の年金戦略』日本経済新聞出版社
田村正之/著

この記事を書いた人

高井浩章

-takai-hiroaki-

経済記者

1972年生まれ、愛知県出身。経済記者・デスクとして20年超の経験がある。2016年春から2年、ロンドンに駐在。現在は都内在住。三姉妹の父親で、デビュー作「おカネの教室」は、娘に向けて7年にわたって家庭内連載した小説を改稿したもの。趣味はLEGOとビリヤード。noteで「おカネの教室」の創作秘話や新潮社フォーサイトのマンガコラム連載を無料公開中。

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