いつか必ず終わってしまう日々でも、人はなぜ人と暮らすのか? 『ふたりぐらし』

金杉由美 図書室司書

『ふたりぐらし』新潮社
桜木紫乃/著

 

 

二十代の頃、ひとりぐらしをしていた。

ひとりでいるのが苦にならない性分で、誰もいない部屋に帰ることはさびしくなかった。

誰かと一緒に暮らせば、楽しいこともあるけれど、面倒なこともある。

 

ひとりぐらしの友達に「いいなあ」と言ったら、「若い頃のひとりと今のひとりは全然違うから!」とものすごい勢いで返された。そんなもんですか。そんなもんかもね。

 

北の街でふたりぐらしをする、映写技師の信好と看護師の紗弓。

信好は、経済力の無さと、頻繁に実家に呼び出されることで、妻に引け目を感じている。

紗弓は、死と接する仕事の重さと、折り合いの悪い実母との関係に悩んでいる。

本書は彼らをめぐる連作短編集だ。

 

夫に先立たれても二人分の食べ物を用意する女。

気の強い妻のそばにいるのが楽だという男。

届かないラブレターを送り続ける女。

アイドルに夢中な妻に妬く男。

母に忘れられていく女。

妻に秘密をもつ男。

賭けに負けた女。

 

様々なかたちの「ふたりぐらし」が、現れては遠ざかっていく。

それは夫婦や恋人とは限らない。肉親や他人、時には幻想さえもが共に暮らす相手となる。

 

寄り添っていたい、という願いがそこにある。

寄り添いたかった、という悔いもきっとある。

 

伝えられなかった「好き、ごめん」という言葉。

しなくてはいけない喧嘩を避けてしまった結果。

 

日常の中に秘められたいくつもの叫びを、桜木紫乃は丹念に掘りおこし、輝かせてみせる。

その輝きに触れ、信好と紗弓はゆっくりと不安を溶かしながら、万全の幸せへと歩んでいく。

 

静かなエピソードの積み重ね。その中から姿をみせる、ちょっと怯むほどの激情。

登場人物たちそれぞれの切実な想い。

何度も揺さぶられた。

ふたりぐらしは、必ずいつか終わる。

ひとりに戻ったときに残されるのは、思い出と後悔だろう。

どちらも、ふたりぐらしが長ければ長いほど、多くなる。

いや、一緒にいた時間は短くたって、想いが強ければ強いだけ、深くなる、

でも、ひとは、後悔さえも大切に心の底にしまっておいたりするものだ。

後悔だって何にもないよりはましだもの。

 

ひとりだったら起きなかった波風が寄せてくるけれど、ひとりだったら感じなかった温もりが心を慰める。

そんなことを本能で感じるから、誰か大切な相手の傍にいたいと、みんな互いに求めあうのじゃないだろうか。

 

「ひとりではうまく流れてゆけないから、ふたりになった」

そんなもんですか。そんなもんかもね。

 

 

こちらもおすすめ。

『正しい女たち』文藝春秋
千早茜/著

 

年齢も境遇もそれぞれ違う女たちを主人公にした短編集。

収められた「幸福な離婚」は、ふたりぐらし解消前夜の夫婦の物語。

嵐の後の凪いだ海のような穏やかさが怖い。でも、その背景にはふたりだけにしかわからない思い出があるに違いない。

 

『ふたりぐらし』新潮社
桜木紫乃/著

この記事を書いた人

金杉由美

-kanasugi-yumi-

図書室司書

都内の私立高校図書室で司書として勤務中。 図書室で購入した本のPOPを書いていたら、先生に「売れている本屋さんみたいですね!」と言われたけど、前職は売れない本屋の文芸書担当だったことは秘密。 本屋を辞めたら新刊なんか読まないで持ってる本だけ読み返して老後を過ごそう、と思っていたのに、気がついたらまた新刊を読むのに追われている。

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