2019/02/05
内田るん 詩人・イベントオーガナイザー
『月3万円ビジネス』晶文社
藤村靖之/著
さて人生、どうしたもんかな~。と薄ボンヤリ悩んでいるときに本屋に入ったりすると、何か啓示が得られるような気がして、買う予定のない本を買ってしまったりする。というか、お金で啓示を買いに来ている。こういう時は背表紙になんて書いてあるかなんて気にせず、心を無にして……目についた本を手に取るのだ!そうすると大体、デザインが優れているものにいくぞ!でもデザインが気になるというのは、その本を作った人とフィーリング(古い!)が合うってことなのかもしれないから、そんなにデタラメな選び方でもないと思う。
そうやって私はこの可愛い装丁の本を手に取った。タイトルは一見、自己啓発系のビジネス書風だが、でも「月3万円」……だけ?「1年で資産倍増!」とかじゃないの?(そんな本あるか知らんけど)
もちろん、これは金儲けのための本ではなかった。発明家で工学博士の藤村靖之先生が出された「非電化・ローカル化・シェア」を軸にした小規模ビジネスと自給自足生活へのアイデアや実例がギュギュっと詰め込まれたナイスな思想書だった。私は元々そういうカルチャーに関心があり、日本の未来、ていうか私と私の周りの人たちの未来、どうなっちゃうの?って不安もすごくあるので、「こりゃええわい」とパラパラと拝読した。わかりやすく、子供でもスルスル読めるような易しい文体で、あらゆる読者層に向けて寄り添っているのが伝わる。生活に必要なものを“お金で買う”しかできない「依存社会」化を問題視していることも、誰かを責めるような口調ではなく、「困ったね。どうにかしたいですね。」というふうに一緒の目線で語ってくれる。
「月3万円ビジネス」に挙げられる、夏休みの自由研究くらいの敷居の低さで始められ、地域社会に還元され、自然にも健康にも優しく、顧客や消費者も心から満足する……なんていう、まるで夢のようなビジネスモデルや発明の数々。ちゃんと藤村先生自身で実践して簡単に要所をレポートしてくれてるんだけど、一番誠実だな~と思ったのが、「やってて飽きてくる」ってことまで書いてあるとこ! 昔、センスの良い友だちがイケてる古着店を始めたときにすごく落ち込んでた理由が、「自分が看板だから毎日ず~っと店にいなきゃいけない、どこにも行けない!」だった。全く身動きが取れないというのは、アート・カルチャー好きの20代にはツラすぎた。実際やってみないとわからない落とし穴はどんなお仕事にもたくさんある。この本では、そういった見逃しがちなリスクや注意点もさりげなく示唆してくれている!
しかしこんなご時世でもバンバン儲けてる人たちというのは、なんなんでしょうね? 私が見るに、彼らは実際に何かを売り買いしてるわけではなく、「夢」を売っているんじゃないかな。株や投資、コンサルタントも広告業も、「もっと儲かるかも」という夢を売って企業や個人に金を引っ張り出し、アパレルも美容・健康系や勉強系ビジネスも、「今よりもっと素敵な人生が得られるかも」という人々の淡い夢をかき立てて商売をしているように私には見える。
考えてみれば、この「月3万円ビジネス」も、そんな時代に辟易した人たちに、そこから抜け出せるかも! 未来につながっているかも!? という夢を売っている本ですね。いや、そもそも作家も出版や書店も、元来は夢を売るビジネスの最たるものか……小説や漫画は架空の物語で夢を見させ、雑誌や実用書も情報を夢でコーティングして売っているんだもんな。
藤村先生は本の中で繰り返し「人は正しいことが好きなのではなく、愉しいことが好きなのだ」と訴えている。若い頃、共産主義に心酔し学生運動や公害紛争に身を捧げて「正義」をふりかざしては挫折した過去から、たったひとつだけ得たという教訓がコレなんだそう。そのせいか、「世の中を少しずつだけ良くしながら、なんとかやってく」ためのヒントがたくさん書かれているのに、この本は、どこか諦めたような静かさがある。もしかしたら先生自身、どんな手を打とうと私たちには未来などない、せめて大きな夢よりも小さな夢をつないでいく方が、この社会がすべて破綻したときに絶望が深くなくてすむかも、と思ってこの本を出したのかもしれない……なんて勘ぐってしまう。
たとえ現実逃避や一時的な癒しに過ぎなくても、生きていくためには「夢」が必要だ。うつ病という病気の本質は「無根拠な前向きさを持てなくなる」のだと聞いた。あんまり理性的だと、人は毎日を生きていくことが凄くツラくなる。特にこんな時代は。
そう、私は「今見るべき夢」が欲しくて本屋さんに入り、この本を手に取ったのだ。
(蛇足:とはいえ、安倍政権がいまだに見ている「経済成長」の夢はそろそろ捨ててもらいたい。ていうか「夢」としてもはや機能しとらんだろ!)
『月3万円ビジネス』晶文社
藤村靖之/著