2019/02/07
高井浩章 経済記者
『いま君に伝えたいお金の話』幻冬舎
村上世彰/著
かつて「モノ言う株主」として日本の産業界を揺るがした村上世彰氏の若者向けのマネー論だ。インサイダー取引で有罪判決を受けた「村上ファンド事件」の記憶が鮮明な読者は、異端児の先鋭的な言説が展開されると予想するかもしれない。その期待はあっさり裏切られる。全編にわたって、真っ当至極で、むしろ退屈と取られかねない正論が続く。
手元の第2版の帯には「誰よりもお金に詳しいお金のプロがノウハウではなく、考え方を初公開!」とある。そう、これは「お金の増やし方」のノウハウ本ではなく、「お金とは何か」「お金とどう向き合うべきか」「金銭教育はどうあるべきか」といった経済哲学を、肩の力を抜いた文体で村上氏が語った若者向けのメッセージなのだ。資産運用のノウハウに近いのは、第5章にある「2割貯金してみよう」とか「期待値という考え方が重要」といった部分ぐらいだ。
力点が置かれているのは、2つの視点である。
1つは個々人がお金に向き合う姿勢のあり方。お金がなぜ重要なのか。仕事をどう選ぶべきか。借金の本当の恐ろしさは何か。具体例を挙げて、「幸せな人生を築くための考え方」が説かれる。村上氏の子供時代の回想や、父親としての金銭教育にはユニークさがあるが、ここも正論一辺倒だ。
もう1つの重点は、「お金を回すことの意味と大切さ」に置かれている。市場の価格決定メカニズムや、お金の流れを滞らせないことが経済成長のカギになること、市場経済を補完する寄付の役割など、こちらも自身の経験や現在の活動をまじえた、率直な生のメッセージ、タイトル通りの「いま伝えたい話」として提示される。
思うに、村上氏自身は、本書の主張と村上ファンド時代の活動の間に「ブレ」はない、と考えているのではないだろうか。最後はインサイダー事件という形で幕を閉じたが、私は個人的に「モノ言う株主」としての村上ファンドの活動を好ましく思っていた。年齢を重ねたことや事件後の経験で「丸くなった」部分はあるかもしれないが、「お金をうまく回して経済を活性化させるのが投資家の役割だ」という背骨の位置は変わっていないように見受けられる。
少々手前味噌になるが、拙著「おカネの教室」とダブる部分も多く、主張には全面的に賛同できる。若い人たちにぜひ手に取ってもらいたい一冊だ。
『いま君に伝えたいお金の話』幻冬舎
村上世彰/著