核兵器への怒りを滲ませる重厚ミステリー 『風はずっと吹いている』西上心太

小説宝石 

『風はずっと吹いている』小学館
長崎尚志/著

 

もとより作者は作画の浦沢直樹とコンビを組んだ脚本などで有名だが、フリー漫画編集者を主人公にした「醍醐真司の博覧推理ファイル」や、退官した刑事が主人公の「県警猟奇犯罪アドバイザー・久井重吾(くいじゆうご)」シリーズなど、小説でも実績を上げていることはご存じだろう。本書は作者が幼年期を過ごしたという、縁(ゆかり)の地を舞台にした作品である。

 

広島の山中で白骨死体と一個の頭蓋骨が発見された。白骨死体は他殺で、来日して行方不明になっていたアメリカ人の女性であり、頭蓋骨は一九五〇年以前に生きていた日本人のものであることが判明した。

 

アメリカ人女性殺人事件を追う中心が県警捜査一課の矢田誠警部補である。一方、矢田の先輩で警備会社に勤務する蓼丸(たでまる)は、警察を退職する遠因となった人物が、元国会議員久都内(くつない)の秘書に収まっていることを知る。やがて議員の周囲を調べる過程で、久都内の金庫番と呼ばれた老女・柚月美代子と出会う。そして敗戦直後の広島では、生き抜くためには手段を選ばない戦災孤児のグループがあった……。

 

本書は並行して語られる過去と現在の三つのパートが絡み合い、やがて一つに収斂(しゆうれん)していく過程を描いたミステリーだ。頭蓋骨を記念の土産にする勝者たちがいれば、それが高く売れることを知った少年たちもいる。さらに放射能の砂漠と化した土地で、死こそが正常な状態であるという観念に囚われる者も現れる。こうして生きるために行われた過去のインモラルな行為が、生き残った者たちの現在を侵食していく。過去と現在を結ぶ複雑な人間関係も読みどころの一つ。

 

人類史上最悪の残虐行為であった核兵器攻撃への怒り。その怒りが物語の底深く流れる力作だ。

 

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『アリバイ』原書房
マイケル・モートン/脚本 山口雅也/訳

 

クリスティーの名作を戯曲化

 

「読書通人」を標榜する山口雅也のプロデュースによる新たな叢書が《奇想天外の本棚》だ。その第一弾がマイケル・モートンの戯曲『アリバイ』である。

 

原作はアガサ・クリスティー『アクロイド殺し』。クリスティー作品初の戯曲化でもあった。舞台ではミステリー史上有名な原作の仕掛けは使えない。それゆえタイトル通り、腹に一物ある登場人物たちのアリバイをめぐるきめ細やかな応酬が読みどころ。彼女は本作が気に入らず、自ら自作の脚本を手がけるようになったという話もあるが、一読の価値がある歴史的な一冊であろう。

 

 

『風はずっと吹いている』小学館
長崎尚志/著

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-syosetsuhouseki-

伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本がすき。」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。(※一部書評記事を、当サイトでも特別掲載いたします)

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