幸せは自分で探しながら、他人が教えてくれる『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』

中山夢歩 俳優

『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』講談社
本谷有希子/著

 

 

ある朝、もうすぐ3歳になる娘が「お父さんに取っておいた…」と熟したプラムを一つ渡してきた。ちょっぴり皮を剥くのが面倒でその場で食べる気になれず、透明なビニール袋にプラムをしまい昼間にでも食べる事にして持ち歩くことにした。その日の仕事場で役者仲間からこの本を勧められ、帰りに本屋に立ち寄るとすぐに購入した。本も人も出会いだ。

 

206ページの本は元々芝居で上演した作品の小説化とあって一息で読むべきだと決め、行きつけの食事処で本を読むことにした。しかしあまりの店内の慌ただしさに負けて読書などする気には全くなれず、食事を終え帰宅するとその日は疲れて眠ってしまった。

 

翌朝、愛用の黒いリュックから本を取り出そうとすると、ビニール袋の中のプラムが見事に潰れていた。『腑抜けども、悲しみの愛をみせろ』のタイトルに染み付いたすえたプラムの香りが何とも愛おしく思えて、僕はにやけ顔で読み始めた。

 

 

舞台はどこかの田舎町だが具体的な地域は記されてなかったように思う。情景描写に奇をてらった言葉はなく簡潔に書かれていて、まるでVRゴーグルをつけたようにリアルに想像ができるとリズムを刻み物語は進んでいく。物語の登場人物達は皆、生まれ持った境遇を受け入れてこの田舎町で生活をしている。

 

「これが自分の人生だ」
「不幸なのに不幸と思っていない」

 

これが読み手にとって、とにかく不幸を感じさせていく。

 

これに抗っているのは、東京で女優を目指す姉の澄伽と妹の清深。清深は姉の不幸をネタに日々漫画を描いているのだが、誰しも自分の身に降りかかる様々な問題から明るい未来を想像する事は容易ではない。決して逃げられない家族の死や人と人の間に起こる摩擦が、人を磨き独特の輝きを放たせる。

 

幸せは自分で探しながら、他人が教えてくれる。

 

それがこの作品では色濃く描かれている。それは長男の嫁、待子の生き様が物語の全てを語っているように思えた。

 

「不幸ありきの幸せ」

苦しくて辛い状況下で見つけた小さな幸せを、増幅させ幸せだと思う待子の考え。これもきっと待子が生きながら悲しみの中で身についてしまった術だとも思う。不幸から脱出するために必要なものは解決策ではなく些細なキッカケなのかもしれないと思え、そのキッカケの組み間違いがストーリーを展開させていく。僕はこのジェットコースターストーリーを楽しんでいた。

 

この作品に登場する両親を亡くした姉妹、亡くなった父の連れ子の長男とその嫁。この四人の愛情表現は不器用で、まるでウニや毬栗を勢いよく手にのせられるようだ。きっと人の想いを手に取ろうなどと、図々しく考えてはいけないのかもしれない。他人の気持ちはその人だけのもので、それを感じたり、想像したりして決着をつける事が尊重と言えるのかもしれない。

 

澄伽と清深の歪な文通のやりとりは話の重要な筋となっているが、僕は「人の気持ち」とともに「言葉」もまた血とともに体内を駆け巡っていると思えた。だから人は傷つかなくては他人に本心を言動で伝える事はできないと感じた。

 

終盤、赤い封筒が血のように畳に散乱し扇風機が手紙を散らすシーンは儚く美しかった。

 

簡単に死んでしまう人と死ねない人がいる。

 

この作品で生き残る後者たちは、日常生活の中で処理できない怒りや憎しみの果てから足音を立ててやってくる悪と手を組み、その瞬間から悪は優しさを覚え始め、いつしか天使に寝返るような夢を見させてくれた。

 

両親の死をキッカケに再会した澄伽と清深の歪なやり取りはお互いを傷つけていく。しかしその中で混ざり合い理解していく姉妹の未来は、206ページの先に明るい陽が差しているように見えた。

 

『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』

 

このタイトルの語尾に未来への小さな期待と、歪だがたくさんの愛情を感じた。読み終えた僕は表紙についたプラムのすえた香りをもう一度嗅ぎ本を置いた。

 

 

 

―最近のこだわり―

お米が役者、具材が台本、握り手を演出家として手作りの作品を届けたいというコンセプトから自身で発足した【オニギリドリーム】というアート活動をしています。8月に稽古着ブランドを立ち上げ、9月29日渋谷マルコムにてドキュメンタリー一人芝居を開催。11月には札幌公演を予定しており、頭はオニギリでいっぱい! 一日一オニギリを楽しんでます。

 

『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』講談社
本谷有希子/著

この記事を書いた人

中山夢歩

-nakayama-mubu-

俳優

1978年生まれ。元サッカー選手。アルゼンチンでの3年間のサッカー留学を経て2000年モンテディオ山形に所属。現在は俳優として映画、舞台、広告と活動の場を広げている。代表作はNHK連続テレビ小説 『瞳』レギュラー、映画『きばいやんせ!私』、舞台 『ピランデッロのヘンリー四世』など。

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