2018/07/19
宮坂裕二 放送局プロデューサー
『次世代日本型組織が世界を変える「幸福学×経営学」』内外出版社
前野隆司・小森谷浩志・天外伺朗/著
働き方改革法案が可決したこの6月末の出来事である。同期入社のアラフィフで、米国流合理主義の鎧をまとった留学帰りの出世頭君が退職した。遡ること10年、番組制作の現場仕事が多く出世とは無縁であった私にも、遅ればせながらの昇進があった。この時、出世頭君と並んで中間管理職として、新卒採用の面接にあたったことがあった。彼は「あなたにとって仕事とは何ですか?」と面接者全員に質問を投げかけた。その回答を聞き終えるや、彼は即×印をつけた。彼なりの“正解”を告げる者が現れるのを待ち望んでいた。この6月末の10年後、その“正解”を聞くことができた。「仕事って忍耐だよね」。実に彼らしい、つまらない正解を聞かせてもらった。
どの会社にも企業風土を伝承する“社の遺伝子”があり、それが増幅してゆく。我が社のそれは、残念ながら「仕事=忍耐」と合点がいった。何よりも、彼のスピード出世が、それを裏づけしている。“ブラック企業”とは、我が社のことを言うのかもしれない。
働き方改革が議論される中、ホワイト企業大賞の審査委員で、今回取り上げる書籍『次世代日本型組織が世界を変える 幸福学×経営学』の著者の一人・前野隆司氏に番組出演をいただいた。「幸福と経営」が研究テーマの前野氏は、幸福に関する数千人規模のアンケート調査を実施し、解析した。同書で氏は、幸福度の高い社員は、「創造性が3倍高く、生産性が高い」とし、「会社に良い業績結果をもたらす存在」と述べている。加えて、「働くことが幸せで楽しいと素直に思える企業経営が必要」と説いている。
前野氏は、幸福に関する大規模調査結果を、工学的手法で解析した結果、「幸せ」にはメカニズムがあり、次の「4因子」が労働環境の中にバランスよく存在することが望ましいと述べている。
1 「やってみよう」因子
(自己実現と成長に関する因子で、ワクワクしながら仕事できる)
2 「ありがとう」因子
(健全な人間関係から構築されるもので、感謝等の表現が素直にできる)
3 「なんとかなる」因子
(前向きで楽観的で居られる環境にあること)
4 「ありのままに」因子
(他人を過度に気にすることなく自分らしくいられる環境にあること)
同書後半では、多数の高“幸福度”社員がいるホワイト企業の経営実践例を紹介している。ホワイト企業大賞を受賞した企業はいずれも、上記“幸せの4因子”がそろっていて、“イキイキ、ワクワク、ドキドキ”しながら仕事に取り組めているのが特徴という。とりわけ、地方のねじ工場から、“世界が認める部品メーカー”へと発展していった西精工株式会社の事例が興味深い。18歳の新入工員の事故死をきっかけに、同社は「社員を幸せすること」を経営理念に掲げ、企業風土・文化を変革していった。この変革につれて、業績が向上していった。
一方、反対事例としての“ソニーの失敗”が紹介されている。米国流合理主義・成果主義を取り入れた途端に、自由闊達な企業風土が失われ、うつ病社員が急増し、業績の急激な悪化を招いた事例である。ソニーに在籍していた共著者の天外伺朗さんは「失ってはじめて気づく大切なもの」があったと証言している。ソニーが失ったものは「旧来の日本型経営」で、そこにこそ、人々を幸せにする労働環境のヒントが潜んでいたと綴る。
話を戻すと、「仕事とは忍耐」と言う出世頭君が、「パワハラから逃れるには、自分が出世するしかないよね」と、別の者に語っていたと聞く。「忍耐と強迫観念」が原動力となって、スピード出世を遂げてきた彼のサラリーマン人生は幸せだったのだろうか?退職理由を聞くと、「がん治療に専念するため」という。「一度、君みたいにいい番組を作ってみたかったよ」と続けた。
「働き方」が問われている昨今、この書籍が示唆する所は大きいものと感じている。
参考文献:前野隆司氏著「幸せのメカニズム」(講談社現代新書)、「実践ポジティブ心理学」(PHP新書)等
『次世代日本型組織が世界を変える「幸福学×経営学」』内外出版社
前野隆司・小森谷浩志・天外伺朗/著