2019/08/14
高井浩章 経済記者
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』新潮社
ブレイディみかこ/著
いきなり私事で恐縮だが、私は2016年から2年間、家族そろってロンドンで暮らし、娘たちはそれぞれ地元校に通った。三姉妹の次女が入ったのが、成績や素行に問題を抱える生徒が多い、「地区の底辺校」のハイスクールだった。それほど大きな事件はなかったが、生徒間の窃盗などのトラブルは日常茶飯事だった。
そんな経験をもつ私にとって、「子どもたちの階級闘争」で注目を浴びた著者による本書は、「あるある」とつぶやきながら、懐かしいような、ため息が出るような思いにふける、リアリティーあふれる読書となった。著者の息子が通うのは「元」がつく底辺校で、有色人種が多数派だったロンドン郊外の次女の学校と違って人種構成は白人に偏っており、違いはある。だが、音楽教育に力を入れている点など共通項も多く、イギリスの社会や学校のムードも含めて的確に描き出す、筆者の描写の確かさには舌を巻いた。
日本とは比べ物にならないくらい多様なバックグラウンドを持つ人々が、ときに助け合い、ときに衝突しながら社会を作りあげているイギリスの現場からのリポートは、少子化のなかで外国人労働者が増えて事実上の移民社会に移行しつつあり、「インバウンド」と呼ばれる訪日客の増加という変化の最中にある日本の読者にとっても示唆に富む。
さらに本書の大きな魅力は、そうした「学び」を超えたヒューマンストーリーとしての感動にある。
荒れた中学校から進学校に進んで環境が一変した私にとって、「子どもたちの階級闘争」の舞台だった「底辺託児所」から優秀な生徒が集まるカトリックの小学校へ、そこからまた地元中学校へと変則的なコースを選んだ著者の息子の遍歴は非常に興味深い。敏感な思春期に社会階層を移動することはかなりのショックを伴うことが経験的にわかるだけに、悩みながらも賢明でバランスの取れた適応をみせる少年の姿に喝采を叫びたくなった。
息子や周囲の友人たちの成長や託児所時代に会った少女との偶然の再会など、「お涙頂戴」で盛り上げられるような題材を、ドライで抑えた筆致で料理する著者の姿勢も好ましい。
「母ちゃん」と「ぼく」のこれからがどうなるのか。続編に期待したい。
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』新潮社
ブレイディみかこ/著