死神さまよう荒野を駆け抜ける、野性の奔馬のように―ザ・ローリング・ストーンズの1枚【第72回】
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

30位
『スティッキー・フィンガーズ』ザ・ローリング・ストーンズ(1971年/Rolling Stones/英)

Sticky Fingers – The Rolling Stones (1971) Rolling Stones, UK
Genre: Rock, Country Rock, Blues Rock
(RS 64 / NME 55) 437 + 446 = 883

 

Tracks:
M1: Brown Sugar, M2: Sway, M3: Wild Horses, M4: Can’t You Hear Me Knocking, M5: You Gotta Move, M6: Bitch, M7: I Got the Blues, M8: Sister Morphine, M9: Dead Flowers, M10: Moonlight Mile

 

ザ・ローリング・ストーンズの「黄金時代」のなかでも、屈指の人気作がこれだ。狙いがはっきりして、鮮烈で、磨き抜かれた、切れ味の光る楽曲ばかりが並ぶ。イギリス盤として通算9枚目のスタジオ・アルバムである本作は、そんな1枚だ。

 

録音が本格的にスタートしたのは69年12月、米アラバマ州の名門、マッスル・ショールズ・サウンド・スタジオからだった。プロデュースは37位『ベガーズ・バンケット』(68年)以来付きっきりのジミー・ミラー。彼らの代表曲のひとつとなるM1、それからM6のようなロック、M2、M4のようなブルース・ロックもいい。ストレートなブルースならM5とM7だ。そしてなによりも、カントリーだ。爽やかなM9もいいが、やはりM3「ワイルド・ホーセス」。この美しさは、特別だ。

 

カントリー・ロックの貴公子としてシーンに登場したグラム・パーソンズの協力のもと、「ワイルド・ホーセス」は完成した。キース・リチャーズと彼のあいだには友情があった。パーソンズは、ザ・バーズがフォーク・ロックからカントリー・ロックへと変化したときの立役者でもあった。このころの彼は、才能あるシンガー・ソングライター、ギタリストという立場を超えたカリスマとして、突如として「土臭い音楽」を指向し始めた60年代サバイバー組ロッカーたちの「頼れる指南役」と化していた。その最も画期的な成果のひとつが、のちにカントリー・ロック界の定番人気曲となるほどまでに本格的だった「ワイルド・ホーセス」の成功だった。

 

本作発表の2年後の73年、薬物の過剰摂取により、26歳の若さでパーソンズは急逝する。忌まわしい話はまだある。前述の最初のセッション終了の2日後、カリフォルニアでストーンズが主催したフリー・コンサートにて、観客の青年がライヴ中に警備のヘルズ・エンジェルスに刺し殺される「オルタモントの悲劇」が起きる。そのあともツアーと制作を交互にこなしながら、アルバムは完成へと向かっていった。

 

本作は2代目ギタリストであるミック・テイラーが初めて全面参加した1枚となった。また、バンドが設立したレーベルからリリースした初のアルバムでもあった。スリーヴ・デザインはポップ・アート界のスーパースター、アンディ・ウォーホルが初めて彼らと組んだ。ジーンズの股間に本物のジッパーを埋め込んだ特殊仕様となっていた。英米ともに彼らのセールス記録を更新する大ヒットとなった。

 

次回は29位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

この100枚がなぜ「究極」なのか? こちらをどうぞ

究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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