2018/06/27
ブレイディみかこ ライター・コラムニスト
『キャバ嬢なめんな。』現代書館
布施えり子/著
もう2年以上前のことになるが、取材で1か月ばかり日本に滞在したとき、やけにいろんな場面で耳にした言葉が「奴隷」だった。なんかこれ、日本の流行語なのかしらと思っていたが、忖度じゃ、高プロじゃ、という昨今の報道を見ていると、人が頻繁に口にする言葉は正確に近い将来を予測しているなと思う。
「日本の若者たちは奴隷なんですよ」とあちこちで聞かされていた時期に、ひょんなことで知り合い、「労働争議」に同行取材させていただいたのがキャバクラユニオンだった。で、本作はそのときお世話になった同ユニオンの布施えり子さんの初の著書である。
布施さんは2009年にキャバ嬢など夜の世界で働く人々の労働組合、キャバクラユニオンを立ち上げ、夜の世界に横行する賃金未払いをはじめ、自宅からのキャバ嬢拉致もあったりするという暴力、「バカ!」「ブス!」「やらせろ」の身もふたもないキャバハラ、ぜんぜん弱者の味方じゃない警察、組合を貧乏人サンプル紹介所ぐらいにしか思ってないメディア、などと日々闘っておられる。
#Me Too運動に便乗した本かな、と思われてしまいそうだが、実はこれ、まっとうな労働運動の本であり、メリトクラシー(能力主義)というドクトリンを底の底まで浸透させた新自由主義がどこまで非人間的なものになり得るかということの告発本である。
個人売上を時給に連動させる(というわりには、あまりに計算法が複雑で意味不明すぎて、要するに雇用主の搾取を正当化するための)給率制、病欠も経費も給与から引かれる罰金制度、「努力」と「自己責任」で給与が変動し残業代も払われないキャバクラは雇用の無法地帯。しかし、これはいまの日本では特別な業界の話に聞こえないのではないか。キャバ嬢たちを取り巻く現実は、ブラック日本を象徴しているのである。
「アンダークラス。棄民。そんな言葉がぴったりなわたしたちみたいな層は、消費することも期待されず、何か価値を産み出すとも思われていない。死なない程度に生かされているのかもしれない」
という本書の記述にしんみりしてしまう日本の人はいま多いのではないか。だが、布施さんたちのえらいところは、「だから政府は何とかしてください」「か弱き労働者に憐れみを」なんて悲痛なお願いコールでお上の同情を引こうとするのではなく、「うりゃああああ、貴様ら賃金払わんかい」と雇用主に怒鳴り込んで行くところである。
百姓一揆しかり、ゼネストしかり、労働運動とは、本来こういう直接行動の積み重ねだったのだ。
ブラック日本とは、むしろ現代の労働者が不毛な足の引っ張り合いばっかりしてちっとも結束しないこと、そんな労働者たちがなめ切られていること、日本に労働運動が足りなさ過ぎることの帰結なのだ。
列島の奴隷たちよ、怒隷になれ。
というキャバ嬢たちのメッセージは、いまこそ日本の労働者の心に沁みるはずである。
『キャバ嬢なめんな。』現代書館
布施えり子/著