2020/08/04
竹内敦 さわや書店フェザン店 店長
『うたうおばけ』書肆侃侃房
くどうれいん/著
くどうれいんを知っていますか?
まだ、知る人ぞ知るなくらいでしょう。肩書きで言えば、盛岡在住歌人兼OLに最近エッセイストが加わり、エッセイで注目を集めつつある。最新刊の本書は予想以上によく売れていて、アルバイトの若い女性が「わたしこの人のファンなんです」と買っていったのには驚いた。思ってたより人気浸透してるんだ、と。
雑誌の『POPEYE』に続き『群像』でも連載が始まった彼女のエッセイは、なんか、面白い。なんか、すごく、面白い。どう面白いのかとても言葉にしにくいのだが、面白いものは面白い。
前作の『わたしを空腹にしないほうがいい』はリトルプレスだったから、今作が全国の書店に流通可能なという意味ではメジャーデビューと言える。
一章に一人の友達とのエピソードを綴るかたちで、まずその個性的な面々との普通じゃないエピソードにやられる。楽しかった話ばかりでもなく案外暗めの話もあるのに、彼女は全く飾ることなく自分の内面の醜ささえ淡々とさらけ出す。ああ、人生だなあと感慨にふけってしまう。やっぱり文章がいい。長く言葉と格闘してきた人だと感じる。それでも気負いは感じない。日常のふとした気のきいた瞬間を捕まえるのがうまい。よく観察してるのだろう。何気ない違和感を面白がる精神があり、それが生きのいいまま伝わってくる。ずっと永久に読んでいたい文章だ。
文庫のタイトルを繋げて五七五をつくる「文庫川柳」にはまってた数年前、彼女が店に来た。後れ馳せながら短歌や俳句に興味を持ち始めていた。ちょうど、岩手県出身の武田穂佳が、短歌研究新人賞を獲って歌人デビューした。だから店のSNSで武田を推しに推しまくった。武田は彼女の後進だったらしい。意外にもノンタイトルの彼女は、自身のSNSで祝福と悔しさを隠さなかった。少々目障りなツイートをする店の主は誰だろうと思ったのか、突然店に来たのだった。
話してみたら楽しい人で、偶然の いたずらのような話が出来て強く印象に残った。もしかしたら偶然ではなく、他人の何気ない言葉から鋭く意味を汲み取るという、彼女特有の能力が発揮されたのかもしれない。ぼくには鮮烈な印象を与えた。それ以来、くどうれいんを応援している。
自分だけが見つけたと思うくらいマニアックな好きなものが、メジャーになってしまったとたんに興味を失うことがままある。でもぼくは直接知っているから大丈夫だ。どこまでもメジャーになれ、と思っている。今のうちならまだインディーズ感があるからお得ですよとお勧めしたい。
『うたうおばけ』書肆侃侃房
くどうれいん/著