2020/11/04
白川優子 国境なき医師団看護師
『戦争の歌がきこえる』柏書房
佐藤由美子/著
カフェで手に取った瞬間、この本の世界に引き込まれた。
それは特徴的な装丁のなせる技だったかもしれない。黒い帯に浮かぶ白い文字の物々しさと、優しい色のイラストの表紙の優しさ。そのコントラストはこの希有な本を象徴する。
佐藤由美子さんはアメリカのホスピスで、
どんなに有能なジャーナリストでも、どんなに近しい家族でもこの証言は引き出せないだろう。なぜなら、死を間近にした患者さんたちへの心に安らぎをもたらす音楽療法として、彼女が奏でるギターやハープの音が呼び覚ました「問わず語り」の言葉だからだ。
彼らは佐藤さんが日本人だと知ると、初めは目を見開き、体を硬直させて驚く。
そして、ゆっくりと、辛そうに、長く閉じ込めていた、家族にも言えなかった七十五年前の戦争の記憶と感情を言葉にする。
「僕は日本兵を殺した」
「彼らは若かった。僕も若かった・・・・」
彼らは苦しみを、悲しみを、怒りを、懺悔を、吐き出す。
佐藤さんの音楽に包まれながら。
日本国民がかつて戦争で苦しんだ悲惨な話は、ここ日本ではたくさん語られ続けている。しかし、当時の敵国であるアメリカでも実は苦しみ続けている人々がいるという現実を知る機会は殆どない。音楽療法士の佐藤さんだったから、いや、「日本人音楽療法士」の佐藤さんだったからこそ、彼らの心の奥底で鍵をかけられ重くしまわれた「戦争」を、人生の最後の最後に吐き出せることができたのだろう。
そして、彼らはあの戦争は間違っていたことも伝えている。
「原発開発に携わってしまった、でも本当に知らなかったんだ、あんなことになるとは」
「あれはひどい・・・本当にひどい戦争だった・・・・」
そう、「正義の戦争」「正しい戦争」など存在しない事など、実際に戦争に触れた人間なら誰でも分かっているのだ。敗戦国に生きた日本人たちも、戦勝国に生きたアメリカ人たちも。戦争という巨大な出来事が、日本とアメリカ、敵と味方など関係なくいかに「民」を傷つけ苦しませてきたのかを改めて実感する。
死を間近にした患者さんによる辛く壮絶な戦争の証言であるにもかかわらず、この本自体が音楽療法であるかのように、とても優しい気持ちで読めてしまうのは、きっとこの本を手にした瞬間から佐藤さんの音楽療法が始まっているからだろう。
『戦争の歌がきこえる』柏書房
佐藤由美子/著