2020/11/13
横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店
『ゲナポッポ』白泉社
クリハラタカシ/著
ゲナポッポって、なんだ?
なんだ、なんだ、なんなんだと考えていたら、頭から「ポー」って音がして、雲みたいなしろいかたまりが、ふわぁと空に飛んで行った。小さな声で「ゲナポッポ」ってつぶやいたのが聞こえたような、いないような。あれはゲナポッポだったかも。ゲナポッポが生まれる瞬間に立ち会っていたのかも。だとすれば、だとすると?
さてさて、のっけから「ゲナポッポ」などという謎の言葉を連発してしまいましたね。謎が謎を呼ぶ言葉を謎につかって、ごめんなさい。でも、そうするしかない謎の生き物(?)に出会ってしまったという奇跡に、まだまだ胸がどきどきしているのです。この鼓動は、この躍動はまさか恋!?なんて錯覚してしまうくらいには。
あぁ。また話が逸れてしまいました。そろそろそろそろ、「ゲナポッポ」についてお話しようと思います。
「ゲナポッポ」は、シンプルなかたちをした鍵のような様相です。しろくて、ふわりふわりと宙を舞い、意外にも言葉がしゃべれます。(口は達者なほうなんですよ)大きさは、大人が両手で抱えられるくらい。でも、大きくなったり小さくなったりします。ゲナポッポ自身は軽そうですが、山の頂上をえいやっと持ち上げられるほどの怪力なのです。そんなこと、人間には到底できっこないですね。
あぁ、なんで「ゲナポッポ」は「ゲナポッポ」なのか?みなさん、興味がおありなのではないでしょうか。しかししかし、それは誰にもわからないのです。
ワタクシはゲナポッポでございます!
こう、自分のことを高らかに宣言したからには、「ゲナポッポ」なのだと信じるしかないのです。けれど、ゲナポッポを見ていると、「これはまさしくゲナポッポ以外のなにものでもないな」という妙に納得する心持ちになってくるので、とんと不思議です。ゲナポッポをゲナポッポたらしめているのは、曖昧模糊な領域と同時に存在する確固たる輪郭を纏っているからなのかもしれません。幾何かの矛盾をはらんでいるのを感じながらも、こう思わずにはいられない引力のようなものがゲナポッポにはあるのです。
さてさて。いまだ謎のベールに包まれたゲナポッポではありますが、むむ、なかなかのやり手だなと感じさせられるところが、多々あります。
たとえば、昼寝中のゲナポッポの上に落っこちたひとがいました。この方は大変なミスを犯して、命を絶とうと思っていたのです。けれどもゲナポッポに、ばいんっと着地して、助かってしまいました。
「キミのせいで死にそこなった!」と怒る男。ゲナポッポは間髪入れずに「それはめんぼくない!」と男気を見せます。ゲナポッポが男なのかどうかはさておき、いわれのない怒りをぶつけられているのにも関わらず、この新緑の香りがするようなさわやかな謝罪は、思わず見習いたくなるような代物です。
男は「100億円の価値のあるツボを割ってしまった」としょげかえっています。それではお詫びの意を込めてと、ゲナポッポは魔法のように割れたツボを直します。そしてそして、また壊れても大丈夫なようにと、ツボを、あぁツボを、たくさん作ってしまうのです。しかしひとは、悲しいかな。「たくさんあると価値がなくなる」とひとつだけ残して割ってしまうのです。
「へぇっ むずかしいね!」ゲナポッポは妙ちきりんな思考に心底驚いたのでしょう。ただこの言葉をその場に残して、ぴゅうと風に乗って飛んでいくのです。残されたのはゲナポッポが作ったツボと、男だけ。
「本当の価値」とは一体なんなのだろうと、頭をひねってひねってこねくり回して、しまいにくるんと回転してしまいそうです。くるくる回ったら、わたしも空を飛べるでしょうか?
こんな話もあります。
ゲナポッポが犬に襲われていました。そこへ通りかかった少年がえいやっと犬を追い払いました。お礼に「何でも願いを叶えます」と申し出たゲナポッポに、少年は照れながら「かっこいい男になりたい」と告げます。けれども、ゲナポッポは気づいてしまいました。この少年は、ただかっこいい男になりたいのではありません。あの女の子に、好きな女の子に「かっこいい」と思われたいと望んでいたのです。本当の願いに気づいてしまったゲナポッポは、それならば!と気合いを入れて、男の子を好きな女の子に変えてしまいました。(ピリピリピリと光線を出しましてね)女の子の姿になった自分に驚く少年ですが、なんだか悪くないかもとご機嫌です。
この後どうなるの??なんてことは、考えちゃあいけません。考えるより、感じろ!ここでは、思いもよらない展開に嬉しくなった少年のこころのありようというものが、いちばん大切なことなのですから。
ゲナポッポ。ドーナツの穴の部分が好きなんです。寝ぼけて分裂しちゃいます。(ちいさいゲナポッポがたくさんできました)「おいしい」と評判の自分の体を食べてみます。(おいしかったみたいです)
そして。ゲナポッポが100年前に流した涙がしずくとなり世界中を旅して、やがて特別なしずくとしてゲナポッポに降り注いだとき。ゲナポッポの目から、またつーっと涙がこぼれます。この涙も、いつしか特別なしずくとなって、帰ってくるのでしょうね。ゲナポッポはいつだって、この場所で生まれ、つづき、渡していくのでしょうね。それは、いのちの灯そのもの、なのかもしれません。
ゲナポッポとはなんなのか?あたらしいページをめくるたび、ついついしげしげ考え込んでしまいます。けれど、考えたってしょうがないのです。ゲナポッポがなにものであるかどうかは、本当は大した問題ではないのです。
「ゲナポッポ」は、わたしのこころから飛び出したものなのかもしれないな、と思います。わたしのこころの奥のおく。澄みわたる泉、深い森の中に住んでいるのかもしれません。
それならば。やっと見つけた!と感動の再会に胸がいっぱいになるじゃないですか。感激のあまり、抱きしめたいと思うじゃないですか。しかし手を伸ばしたわたしをつるりと抜け「へっ!めんどくさいね」って辛口な言葉を残して飛んでいく、ゲナポッポの姿が浮かびます。でも、それでいいのです。
この世界にゲナポッポがあるかぎり、何度だって思い出すことができるのですから。こんこんと豊かな泉が湧く場所を。森の奥、ひとすじの光が差し込む神聖な場所を。これらがすべて、「わたし」の中にあるのだということを。
『ゲナポッポ』白泉社
クリハラタカシ/著