2020/12/04
坂爪真吾 NPO法人風テラス理事長
『ウツ婚!! 死にたい私が生き延びるための婚活』晶文社
石田月美/著
本書は、うつ・摂食障害・対人恐怖症・強迫性障害など様々な精神疾患を抱え、体重90キロのニートとして実家にひきこもっていた著者が、「生き延びる手段としての婚活」にチャレンジした体験談と、その経験から得たスキルとテクニックをHOW TOの形でまとめた一冊である。
「結婚して、専業主婦として男性に養ってもらうことで生きていくことを目指す」という生き方は、ジェンダー平等が声高に叫ばれ、夫婦共働きが主流になっている現在、そして第四波フェミニズムのムーブメントがSNS上で吹き荒れている現在においては、「保守的」と批判されるかもしれない。
こうした反論に対して、著者は「新保守主義と言われようが、専業主婦は白アリだと言われようが、(中略)ご立派な建前やイデオロギーよりももっと切実に追い詰められた状況に私たちはいます。婚活と結婚を使って生き延びて社会と繋がる。それでいいじゃないか」と啖呵を切る。
私が運営に関わっている、風俗の世界で働く女性の無料生活・法律相談窓口『風テラス』に相談に来る女性たちの中にも、著者と同様に、精神疾患・対人恐怖・依存症・摂食障害など、複合化した生きづらさを抱えている女性は少なくない。
「結婚で生き延びる」ことも、「風俗で働いて生き延びる」ことも、女性性を売りにしている、男性中心社会に迎合している、性差別の構造を温存する云々といった理由から、「政治的に正しくない」振る舞いとして叩かれがちである。
しかし、著者の語る通り、結婚や風俗によって救われる女性、助かる女性がいることは、揺るぎない事実だ。建前や理想論をいくら唱えても、うつや依存症は治らない。収入も預金残高も増えない。どれだけ自己責任論を否定したとしても、自分の抱えている問題は、自分以外誰も解決してくれない。
だとすれば、今必要なのは、目の前の困難や障害を、自力と他力の合わせ技でなんとか突破するための実践的なHOW TOである。本書は、著者と同じような状況に置かれて悩んでいる全国の女子たちに、他人、そして社会と繋がるための勇気と希望を与える一冊になるだろう。
読み物としての本書の特徴は、独自の文体と膨大な脚注である。文体の面白さそのもので勝負できる書き手は、なかなかいない。さらに言えば、書き手が「文体で食える」=商業出版できるレベルの文体を獲得するためには、相応の身体的・精神的・社会的な代償が必要になる。等価交換の法則だ。この文体を獲得する(してしまう)までに、著者が払ってきた代償を想像すると、気が遠くなると同時に、涙が止まらなくなる。
また本書を彩る脚注には、私を含め、著者と同世代の人間には笑いなくしては読めない小ネタが豊富に詰まっている。1990年代後半に思春期を過ごした読者であれば、この脚注を一つずつ味わうだけで、1か月くらい楽しめるはずだ。その意味でもお買い得な本であると言える。
アムロ、コムロ、PHS、エンコー、ルーズソックス、プリクラ。ラジオでJ-POPを聴きながら(※1) 、何が正しくて、何がイケているのか分からないまま、いわばエゴとエゴのシーソーゲームに揺られ続けて、終わりなき日常を生き抜き、平坦な戦場の中で戦ってきた私たちも、気が付けばアラフォーになっていた。「生きろ。」(※2) という希望の声と、「だからみんな、死んでしまえばいいのに・・・」(※3) という絶望の声の狭間で、どちらにも振り切れないまま、どうにかここまで生き延びてきた。
この不安定で不透明な世界の中で、なんとか学んで働き続け、どうにか他人や社会と繋がり続けて、信じられる家族や、愛すべき子どもをつくってきた。そのこと自体が、実はありそうもない奇跡なのではないだろうか。そう、「奇跡は起こるよ 何度でも」(※4)だ。
祝福されるべきは、ウツ婚を成功させた著者だけではない。本書を読んで、もがきながらも自分なりの幸せを目指して奮闘する著者の姿に共感し、笑い、涙した読者のあなたも、祝福されるべき対象なのだ。
生きづらさを抱えている当事者の方も、支援者の方も、そのどちらでもない方も、1990年代から2020年の今日までをなんとか生き延びてきた自分をほめて、いたわるために、本書を手に取って頂きたい。きっとこれまでの人生で忘れていた、大切な何かを思い出せるはずだ。そう、LIFE is Coming Back!(※5)
1.マキタスポーツ『1995 J-POP』(2013年)の歌詞より引用。『ウツ婚!!』を読む際のBGMにもお勧め。
2.1997年7月に公開された映画『もののけ姫』のキャッチコピー。
3.1997年7月に公開された映画『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』のキャッチコピー。当時15歳だった私は、結末の意味をよく理解することができず、初めて「同じ映画をそのまま続けて二回観る」という体験をした。
4.1997年3月に公開された映画『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』の主題歌『魂のルフラン』の歌詞。
5.小沢健二の代表曲『ラブリー』(1994年)の歌詞。アラフォーやアラフィフになっても、小沢健二の歌詞空間の中に精神が閉じ込められたままの(元渋谷系の)男女は少なくない。
『ウツ婚!! 死にたい私が生き延びるための婚活』晶文社
石田月美/著