2020/12/18
高井浩章 経済記者
『DOORS 世界のドアをめぐる旅』グラフィック社
ボブ・ウィルコックス/著
我が家にはリビングの本棚に、眠気がなかなか訪れない夜なんかに、パラパラとめくるための本が十数冊、備えてある。図表が多めの歴史関連の大判本や写真集が中心で、ほとんどが1〜2ページ、長くても数ページで一区切りつくようなタイプの本だ。
最近入手したこの奇妙な写真集は、疲れがたまっているときや、ちょっと気を静めたい夜に、すっと手が伸びる不思議な魅力がある。
タイトルの通り、世界各地から500以上の「ドア」を集めた写真集なのだが、冒頭の一枚はいきなり扉がない。ペルーのインカ帝国時代の住居跡の石組みのゲートで、扉自体は失われているのだ。
エジプトやトルコの史跡、アンコールワットの門などが続いたかと思うと、いきなり地中海世界や欧州のユニークなドアの写真が脈絡もなく並ぶ。米国の農家の飾らない木戸や、中国の民家の門、イスラム圏の鮮やかなモザイクのエントランスなど、ドアたちは、ときに建物と調和し、ときに強烈な色彩で風景から浮きたってみせる。
延々と続く、ドア、ドア、ドア。
ユニークなのは個々の写真に文字情報がついていないこと。どこの国のどんな建物のドアかは、巻末を見ないと分からない。英首相官邸の「ナンバー10」など、見た瞬間に分かるものもあるが、大半が「名も無きドアたち」だ。
この無名の扉の数々が実に魅力的なのだ。
どこにあるとも知れない、美しくも奇妙な非日常性を帯びた扉たちは、物語の始まりや異世界へのつながりを予感させる。
この想像力への刺激が、現実社会から距離をとって夢の世界に向かう入り口の役割を果たしてくれる。テキストを排した編集者に拍手を送りたい。
旅に、特に海外に出られない日々は、まだ続く。
せめて夢の中だけでも、異世界への扉を開いてみませんか。
『DOORS 世界のドアをめぐる旅』グラフィック社
ボブ・ウィルコックス/著