ryomiyagi
2019/11/12
ryomiyagi
2019/11/12
撮影/市原慶子 取材・文/高橋恒星(光文社)
―松本さんの著書『なぜ「つい買ってしまう」のか?』を読んで特に面白かったのが、色々な「天才クリエイター」のやり方をバッサリ否定しているところです(笑)
僕自身、アイデアを生み出している方の本を色々と読んでみて、「言っていることはわかるけど、それはどう実現するの?」と感じたんですよ。いわゆるマーケティングの偏差値が高い人ならすぐに納得、共感できる内容でも、僕は最初に読んだ時「こんなん自分には実践できない」と思いました。
クリエイティブ系、広い意味での「デザイン思考」系の本は、内容を文脈に依存しすぎている印象があります。そのため、どうしても「僕には、私には無理です」となりがちです。だから、もう少し読者に寄り添えるような本を作りたいと思ったんです。だって、「街をブラブラ歩けば発見がある」なら、みんな起業できるはずですよ。そうやって否定すると「お前は意識が低い」と言われるのも、腹が立ちます(笑)
世界をありのままに見る人のほうが大半で、ちょっと変わった観点を持っていたり、ひねくれたものの見方をしたりする人は少数派なわけです。その少数派のノウハウを、さも普遍的かのように語られると、凡人の僕らは困ってしまいます。怒りにも近いですね。
―作中で回りくどいくらい丁寧にプロセスを説明しているのは、そうした理由からだったのですね。一方で、「凡人」がアイデアを考える際に陥りがちな罠はありますか?
ほとんどの人が、「バイアス」に苦労しているんだと思います。その会社や業界に長くいるから商品の特性は深く知っていると思いますが、消費者の特性は意外と見ていないケースも多い。
例えば洗剤を扱うメーカーは、洗濯機のどのあたりに洗剤が置かれているかはわかっています。食品であれば、冷蔵庫のどの位置に入っているか。ただ、一歩離れて「洗面器の隣には何が置かれていますか?」という質問には答えられない人が多い。自社の勝手知ったる領域以外には、意外と弱いパターンが目につきます。
―「人間を見る」ことができていないわけですね。
はい。例えば本ならKindleで読まれたりメルカリで転売されたり、消費のされ方が変わっているわけですよね。より広い視座に立つと、子どもたちはみんな、Youtubeを見ているわけじゃないですか。可処分時間の奪い合いに勝てていない。
電車に乗っている際に周りを見ると、みんなスマホゲームをやっているわけです。僕自身は「みんな僕の本を買ってくれないかな~。どうして本を読まないんだろう?」とか思うんですけど、それは(失敗しがちな)メーカー的発想です(笑)
―本の中で、上橋菜穂子さんや大沢在昌さんの小説、『龍が如く』などのゲームの例が出てくるのが面白いなと思います。「マーケター」って外野から見ると「胡散臭い」「冷徹」といったイメージを抱くのですが、それを覆されるというか……(笑)
僕の10代は小説に育てられたといっても過言ではないですね。他にも西村京太郎先生、山村美紗先生、内田康夫先生……。ありとあらゆるミステリーに溺れた時期がありました。「物語」が好きだったんでしょうね。
―それが今のお仕事に繋がっている部分はありますか?
書く仕事には、確実に影響がありますね。今回の本でも「インサイト」(人を動かす隠れた心理)という、核となるキーワードをどう伝えるか。学術的なやり方ではなく、いかに読者が「面白い」と感じながら理解できるかに気を配りました。
僕自身、例えばマーケティングの本で「いいことが書いてありそうだな」と思いながらも、面白くなくて途中でやめてしまったものがいくつかあります。読むのが苦痛で……。そうなってしまうと辛いですよね。
どう面白く伝えるか、いかに最後まで読ませるかを考えた時に、最も参考になったのがエンタメ小説なんです。わかりやすく、読み飽きさせず。
―『龍が如く』から学ぶものは何かありましたか?
シリーズの全作品をやりこんでいるんですけど、再現力が本当にすごいですよね。汚い街並みも含めて。小説は自分の頭の中で情報を補完しますが、ゲームは違う。「映像に勝るものはねーな」と実感させてくれました。
もちろん、小説家の中には文章だけですべての世界観を表現できる天才もいます。ただ、当然僕は違います。だから、今回の本でもイラストを多用しているんですよね。
―それこそ「画像投影法」という、絵を見せることで相手の無意識化へアクセスする手法も本の中に出てきます。
はい。褒め言葉ですけど、本と比べてテレビ番組もずるいなと思います。映像は一瞬で相手に伝わりますから。
―日本の企業は「インサイトリサーチ」にお金をかけなさすぎだと主張されています。これは、マーケターの間では共通の認識なのでしょうか?
そう思っている方は多いでしょうね。日本のマーケティングリサーチの市場規模はそれなりですが、多くは定量調査や広告効果の検証、定点観測などです。外野からきた人間の目には、「消費者の声を聞いても新しいアイデアは出ない」という声に負けがちなように映ります。それはもったいないというか、ちゃんとせえやというか。
クリエイティブな仕事をする人たちの多くは、アイデアを考える行為に対してお金をかけることへの、心理的抵抗がものすごく強いです。「アイデアとは脳を刺激して自分で生み出すものであり、お金で生まれるものじゃない」と思っている。実際は、そんなことないわけです。
―極端に言えば、「アイデアは買える」わけですか?
そうですね。正確には「アイデアの種」ですが。お金をかけてとりあえず30個くらいの種を買った上で、そこから人間の手で、実現可能性なども考慮してブラッシュアップしつつ1,2個に絞ればいいんじゃないかなと思います。
―色々な業種・職種に当てはまることだと思います。ただ一方、そのような形でアイデアを作ったことがないから、お金をかけることのメリットがわからないという声もあるのではないでしょうか。単純に、お金をかけている会社はうまくいっているのですか?
はい。単純に、確率論だと思うんですよね。1人の人間の力で生み出したアイデアが成功する確率と、機械の力で生み出したアイデアが成功する確率に、どれくらいの差があるんですか?という話です。もちろん機械は百発百中ではないにしろ、人間の数倍くらいの効率にはなるのではないかなと。そのためのコストが仮に200万円だとした時に、企業はどちらを選ぶでしょうか?
―企業が主体的に「うちは人の手でやります」と意思決定するならともかく。
「うちは頻繁にアイデアを作る会社じゃないので……」ということであれば、必要ないでしょう。でも、例えば自社ロングセラー商品が今なぜ買われているかをちゃんと説明できる人は、その会社にほぼいないと思うんですよ。
その場合、逆に言うと急に売り上げが下がった時も対策が打てない。そうなると、一気に下降線をたどってしまう。本当にそれでいいんですか?と思います。
―アイデアがソーシャルゲームの「ガチャ」みたいなものだとすれば、単純にいっぱい課金した方が強いですよね。
本当にそんな感じです。僕はアイデアを「ガチャ」だと思っています。
これだけ機械化が進み、あらゆる産業がデジタルの波に飲み込まれているのですから、マーケティングリサーチを一種の機械と捉えて、「多少の金はかかるけど楽をするための装置」として使えばええやん!と思います。
―日本独自の雰囲気かはわかりませんが、アイデアを属人的なもの、ある種の「聖域」と捉えてしまう印象があります。「あの●●を世に出したヒットメーカー!」のような。
「ヒットを作った人」はみんな好きですからね。とはいえ、それも運やタイミングがあってのことです。「明日からまた同じことができますか?」と聞かれたら、自信満々に答えられる人は少ないと思います。
―再現性が高くないということでしょうか。
ヒットした商品とそうでない商品をそれぞれ要素分解して差分を見つけることは、訓練を重ねればできるようになると思います。
ただ、商品を買った人と買わなかった人の感情の違いにまで突っ込んでいる人は少ないです。それをある程度理論的に説明していたのが、元USJの森岡毅さんの『確率思考の戦略論』。人の意思決定を、確率分布で証明しています。簡単に言えば「好き嫌い」を数学的に解説しているわけですけど、そこを言語化できる人の話はもっと聞きたいですね。
松本健太郎(まつもとけんたろう)
龍谷大学法学部政治学科卒業、多摩大学大学院経営情報学研究科修了。
さまざまなデータを駆使して政治、経済、文化などを分析・予測することを得意とし、テレビやラジオ、雑誌で活躍している。
主な著書に『データサイエンス「超」入門』(毎日新聞出版)『アイデア量産の思考法』(大和書房)、『誤解だらけの人工知能』(光文社新書 田中潤氏との共著)などがある。
最新作は10月17日発売の『なぜ「つい買ってしまう」のか? 「人を動かす隠れた心理」の見つけ方』(光文社新書)。
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