ryomiyagi
2019/11/11
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2019/11/11
撮影/市原慶子 取材・文/高橋恒星(光文社)
―10月から、消費税が10%に上がりました。5%から8%になった時ほどの騒ぎではないようにも見えますが、マーケターとして、消費の変化をどのように捉えていますか?
8%から10%に上がった時、行動経済学の世界であることが言われていました。単純に、8%は計算しにくくて、10%は計算しやすいですよね。そのため、以前は税抜き価格で表示されていても8%の計算は面倒で「だいたい2万円くらいか」で済まされていたのに、10%になったおかげで「20900円か…」と頭の中でキチンと計算できてしまう。買うのを躊躇う機会は、相対的に増えるのではないかと考えています。私が知る限りでも、メーカーさんなどいろんな会社が苦戦しているようには見えます。
でも、10月になってからヒットが全然生まれていないかというと、そんなことありませんよね。映画『JOKER』なんてめちゃめちゃヒットしている。僕も公開2日目に観に行きました。すごく面白かった。Twitter界隈でもみんなが「面白い!」と言っていますし、消費税が上がろうがなんだろうが当然、ヒットは生まれます。
―『JOKER』がヒットしている理由は、どのあたりにあると考えていますか?
去年頃から、マーケティング業界では「共感」というフレーズが注目されています。SNSなどでシェアされるものを見ても、共感が大事なのは一目瞭然ですよね。
「共感」って何なのだろうと考えた時に、喜びや怒り、悲しみのシェアなどがあげられますが、これって感情的には「ベタ」なんですよね。今だったら阿部寛主演のドラマ『まだ結婚できない男』とか。
―「これ、私じゃん」「あの人っぽいな~」といった「あるある」。
そうです。これを分解すると2つあって、1つは「背景要因」。要はバックグラウンドです。『JOKER』に関しては、貧困層と富裕層の断絶と、貧困層に対して手が差し伸べられていない状況。これをある意味ではコミカルに、ある意味ではとことん皮相的に描いている。そこに強く感情移入した人が多かったのではないかと思います。あの映画をバブル時代の日本で上映しても、全然ヒットしなかったはずです。そもそも背景が異なりすぎて、感情移入できないですから。
―(ジョーカーに対して)「何言ってんだ、こいつ?」という気持ちになってしまう。
はい。アメリカでも、今なおアメリカンドリームが残っている時代であれば「なぜもっと努力しないんだ?」で片づけられてしまっている。
ただ、今は「努力しても壁は超えられない」という認識が普通になっている。その辺りに、共感される要因があったんじゃないですかね。
―なるほど。
そしてもう1つが「源泉要因」なんですけど、これは「何がきっかけだったの?」ということです。映画では(主人公が)少しずつジョーカーになっていく様子が描かれていましたが、これ、映画の中だけの特別なシーンではなかったと思うんですよ。
例えばホームレスの人がヤンキーに殴られる、蹴られる暴行事件って、現実の世の中に存在するし、耳にしたこともあるじゃないですか。日常世界にあふれているものは、共感されるためのひとつの鍵ですよね。
「共感」が重要な時代であることは大体の人が気づいていて、「みんなにシェアされる記事を作ろう!」「共感される内容にしよう!」と言いますが、実際はなかなか難しい。その中で、『JOKER』は普遍的な社会の姿や背景をちゃんと描けているなと思いました。
映画館へ年に1回行くか行かないか程度のライト層にとっての、行くきっかけになるものが「共感」なんです。購入頻度を上げる、あるいは購入回数を増やすためのキーフレーズのように使われている印象です。
―他に、最近「これは売り方がうまいな~」と感じた商品はありますか?
KIRINの「キリン・ザ・ストロング」です。最近、昔と今のCMを見比べることにハマっているのですが、これはメッセージの内容が上手だと感じました。
2018年までは「リピート率●●%!」みたいな言葉で、商品がいかに美味しいかを説得しようとしていました。ただ、2019年から趣旨が変わって、こういう風なCMとなっています。
―全然違いますね。
お酒って、美味しいじゃないですか。でも「それってどこまで極めたらいいんだっけ?」という問題があると思います。これはお酒に限りませんが、ひとつ上の概念が現れると、それまでのものは劣っているように見えてしまう。
そこを、このCMでは(商品の性能ではなく)「お酒を飲む時ってこういう状況、こういう心境じゃないですか?」ということをすごく丁寧に描いている。「何にもない1日だったけど、お酒で飲み流して、明日からまた頑張ろう」というストーリーは、まさにお酒がもたらしてくれる便益、価値ですよね。
どのメーカーさんも「うちには他社にはない、こういう特徴がある!」と主張したいと思うんですよね。頑張って商品開発しているわけですし。テレビでも洗濯機でも「いかにこの機能が優れているか」を説明したい。一方、「この商品があることでいかにあなたの日常が豊かになるか」を表現する、こうしたクリエイティブをたまに見ると「なるほどな~」と思いますね。
―後者のようなCMの方が、前者よりも効果は高いんでしょうか?
今はCMに限らず、PRなどあらゆる方法を通じてそのような手法を取っている商品やサービス、それを作っている企業は上手くいっている印象を受けます。
ちなみに、飲料の世界には「味言葉」なるものがあるそうです。「キレ」とか「コク」とか「のどごし」とか。ただ、ビールを飲まなくなった僕自身も含めて、多くの人が「キレ」って具体的に何のことかよくわからないですよね。脳内で味を再現できるかというと……。
―五感が呼び起こされないわけですね。
はい。例えばうどんの「弾力がすごい」とか言われても、本場の讃岐うどんとスーパーで売っている低価格なうどんの違いを、どれだけの人がわかるのでしょうか?僕が味覚音痴なせいもありますが(笑)
以前、忘年会で、ビールのラベルを隠した状態で飲み比べしてみたことがありますが、全部当てられた人は1人もいなかったんですよね。人がいかにパッケージのラベルやブランドの雰囲気などで味覚をごまかされているのか、よくわかります。
―『ガキの使いやあらへんで』の「きき●●シリーズ」みたいです。
それで、同じくKIRINさんの「本麒麟」という商品のCMが面白いんですよ。
「キレ」や「コク」などの言葉を使わず、ただ「うまい」と言っている。
万人が「飲んでみよう」と思うキーフレーズの最大公約数が「うまい」であることは、まあそうだよな……と思います。
―誰も否定はできないですね(笑)
反論しようがない。そして性別や世代をなるべく限定せず、多様な人がターゲットになるように設計している。これは面白いなと思いました。
―ある意味、「普遍性を極めた」商品なんですね。松本さんの新刊の冒頭で(市場が成熟し商品がコモディティ化した状況を指して)「だいたいいいんじゃないですか時代」という言葉が出てきますが、飲料はその最たる例ですよね。逆に言えば、だからこそ人の心をどうつかむか、すごく工夫しているということでしょうか。
めちゃめちゃ苦戦されているからこそ、めちゃめちゃ工夫されていますね。僕はマーケターになるまで、「消費者理解」を舐めていたんだなと思います。
―松本さんは『誤解だらけの人工知能』『これからのデータサイエンスビジネス』といった著作(いずれも共著)もあるように、データサイエンスがバックボーンにあるんですよね。そうした経験を持つ人がマーケターをやっているからこそ、理解できたことはあるのでしょうか?
データサイエンスをやっていると、「データってすげえ!」と思うことがよくあるわけです。なぜなら、データサイエンスを活用する領域は主に「機械」と「人」です。「機械」とは一般的には製造業ですね。基本的に、機械のデータは嘘をつきません。嘘をついていたら、それはエラーですから。
一方、私がマーケターとして見てきたものは主に「人」です。生活者のデータを分析する。ただ、生活者が吐き出すデータは基本的に嘘だらけなんです。僕はそれに気づくのがあまりにも遅すぎた。気づいた時には自信を喪失して「俺、仕事できひんなぁ……」となっていました(笑)
当時は(新刊のテーマとなっている)「インサイト」なんて言葉も知りませんでしたけど、改めて生活者のことを理解しようとして、こういう考え方もあるんだなとわかりました。
松本健太郎(まつもとけんたろう)
龍谷大学法学部政治学科卒業、多摩大学大学院経営情報学研究科修了。
さまざまなデータを駆使して政治、経済、文化などを分析・予測することを得意とし、テレビやラジオ、雑誌で活躍している。
主な著書に『データサイエンス「超」入門』(毎日新聞出版)『アイデア量産の思考法』(大和書房)、『誤解だらけの人工知能』(光文社新書 田中潤氏との共著)などがある。
最新作は10月17日発売の『なぜ「つい買ってしまう」のか? 「人を動かす隠れた心理」の見つけ方』(光文社新書)。
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